あすみとモラハラ夫との13000日

毒親育ち モラハラ夫 エッセイブログ

毒親育ち

モラハラ母の微妙な変化

私が夫のモラハラに堪えていけるのは、モラハラ母に育てられたからと、母との確執を思い出しながら書いています。 高校生になってから・・・いや、きっと私が教会を覗くようになってからだ。 今まで、私の洋服と言えば、1年に1度、祖母からもらったお金で…

モラハラ夫は『愛玩子』私は『搾取子』

亡くなった祖母は、家の中で、私が母に可愛がられてないことを心配してくれていた。だから、私にも洋服を買うように毎年お正月前に、母にお金を送ってくれていたのだ。そればかりじゃない。まだ、中学生だったのに、成人になった時のことを思って、私にお振…

モラハラ母のいた家 祖母の苦言

それにしても、私の着るものは、兄やからだの大きい子のお下がりばかりで、買うのも、年に1回くらいだったのに、高校生になってから、たびたび洋服も買ってくれるようになったのは、どうしてかな・・・今まで、我慢していたから、普通になっただけなのかな…

長く培われたモラハラ耐性資質

母はお料理、ケーキ、洋裁、編み物、何をやっても、器用で上手だった。クリスマスにはチキンやケーキをパスタを作る時には、イタリア製のパスタマシーンをわざわざ購入して、生地から作った。ちらし寿司を作る時には、塗りの寿司桶を名前入りで特注した。 そ…

モラハラ母の思い出の洋服たち ベルベットスカート

私はお洋服の素材の中で、艶やかでゴージャスなベルベットが大好き。ピアノ発表会はいつも夏の終わりにあったので、レース素材が多かったけど、もし、冬に発表会があったら、間違いなくベルベットで、と母に頼んだと思う。そんなある日に「見てん これ!」と…

モラハラ母の思い出の洋服たち 白いコート

昔から、家族でお出かけしようと言われて、期待ばかり膨らませては、直前になって「用事ができた」や「気が変わった」などの理由で、計画がおじゃんになることが多かった。 最初から本当に出かける気があったのかとさえ思う。 だから「あすみのコートを作っ…

モラハラ母の思い出の洋服たち

兄や真理ちゃんと、公園で遊んでいる写真を見ると、たぶん余り布で母が縫ったんだろうなあ と思うようなチェックのジャンパースカートや、ベージュのちょっと厚みのある生地で作ったワンピース。何の模様もないから、きっと母があとから、花壇にお花が咲いて…

モラハラ母のワンピース

母はとても器用なひとだった。頼まれた洋服を仕立てる合間に、ちょこちょこっと自分のワンピースやらを縫って、余り布で私のものも作ってくれた。 「いいね~あすみちゃんのお母さんは洋服が作れて」友達や、友達のお母さんもそう言って褒めてくれて、私は、…

モラハラ母との写真

私は、小さい頃から、家のルールで締め付けられていた。前にも話したけど、小学校4年生まではおこづかいは月に300円。その中から学校で使う消しゴムやノートを買わなければならなかったので、文房具は大事に使った。5.6年生になってから、母に交渉して月に50…

モラハラ母は買い物依存性だった

母が亡くなってから4年が来ようとしています。父を引き取るのに、実家を売却、家の中の断捨離をしました。 もともと、両親が片付け魔だったので、家の中はすっきりしていましたが、それでも、50年住んでいた家ですから、沢山の荷物を処分。 父が判断に困った…

モラハラ母は不要品を送りつけてくる 2 ささやかな仕返し

たくさんのアクセスをありがとうございますm(__)m 夫にモラハラを受けるようになったのは、私の幼い頃の生い立ちや環境に原因があるかも知れないと、気持ちを整理するためにも、モラハラ母とのことを綴っています。 モラハラ母は家で出た不要品を何も言わず…

モラハラの母は不要品を送りつけてくる

たくさんのアクセス、ブログをお読みくださり、ありがとうございます。 何故、夫や実母にモラハラを受けるようになったのか、幼い頃の生い立ちと環境を思いだしながら書いています。 私も、他の方のブログへよく、お邪魔しています。 書いているブログが『モ…

モラハラ母の長所を思い出してみる

夫にモラハラを受けても我慢できているのは、長年、実母にモラハラを受けて忍耐強くなっているのが原因かも知れない と、ここのところは回顧録として、私が育った環境や生い立ちを綴っています。 モラハラ母でしたが、そんな母親でも、『ここは良かった』と…

母となり38年の年月を経て気づかされたある出来事 2

末っ子が4年生になった9月連休、帰省先から戻ってきた。 まもなく我が家に到着する手前で、車窓から公園で友達が遊んでいる姿を見かけて、息子は遊びたい気持ちがはやったのだろう。 外から帰ってきたら必ず、手洗い、うがいをすることを家の習慣としていた…

母となり38年の年月を経て気づかされたある出来事

歯の治療は、1ヶ所を1ヶ月ぐらいかけて治療をすると、また、1年後、1年半後に違う箇所が痛みだし、その度にまた、麻酔をかけて、削る→根っこの治療をする→型をとる→被せるを繰り返し、いまだに歯の治療を続けている。どこの歯医者だったか忘れたが、「この…

モラハラ母のいた家 モラハラされないようにするため話題を忖度する

続き父が私の顔を見たのは、仕事先から帰ってきた翌日のお夕飯の時だった。「あ~あ~台無しじゃなあ」私は目を伏せたままご飯を食べていた。目の前には眉間に皺を寄せて口をへの字に曲げた母の顔がある。また、目を伏せた。 明日から学校 学校で、いじめっ…

モラハラ母のいた家 何十年も前の悲しい歯の記憶 2

モラハラ母のいた家 何十年も前の悲しい歯の記憶 続き どこを怪我したのか、傷が痛いのか、心が痛いのか わからなかった。 大泣きしながら何か口の中にたまって、ペッと唾を吐くと園の砂地に真っ赤な血が飛び散った。またびっくりして大泣きした。 「大丈夫…

モラハラ母のいた家 何十年も前の悲しい歯の記憶

おととい、やっと歯医者で歯型をとった。 1月末に指を自宅の引き戸に挟んで骨折、その5日後に、お夕飯を食べている途中、お茶碗の縁に歯があたっただけだったのに、カチンと音がしたかと思うと、食べている口の中で違和感を感じて手のひらに吐き出すと、10…

モラハラ母のいた家 大人になってわかったこと

モラハラ母との回顧録を綴っていますまだの方はこちらから⬇️⬇️www.hyumama.com www.hyumama.com 地区予選を勝ち抜いて長女のいたチームが全国大会へ出場したのは長女が高校2年生の時だった。保護者家族みんなで、東京代々木体育館へ応援ツアー。といっても、…

モラハラ母のいた家 母に頼んだ東京のおみやげ その2

母がいない間の1週間は、3人で焼き肉をしたり、おそうめんを食べてみたり、同じようなもので、少し飽きた。 それに、お喋りな母がいないと、なんとなく家が暗かった。でも、頼んだあみあげの靴をきっとおみやげで持って帰ってくる♪ 田舎のデパートでは、そ…

モラハラ母のいた家 母に頼んだ東京のおみやげ

はじめに たくさんのアクセスをありがとうございます読者の方から『何故、モラハラに堪えられるのでしょうか?』の声に、私自身の生い立ちや環境に原因があると思い、ここのところはモラハラ母とのことや生い立ちを綴っています。 澄田代議士夫人と母は、夫…

モラハラ母のいた家 リゾートホテル編

できたばかりのリゾートホテルは、室内プールや劇場、結婚式場もあり、その頃、よくテレビでも宣伝されていたホテル。 (わあ~こんなところ行ってみたいなあ~) と、テレビに釘付けになりました。真理ちゃんや恭子ちゃんやアッコちゃん、中学にあがるとな…

モラハラ母のいた家

はじめに どうして私が母にも夫にも精神的な大人の嫌がらせ(モラルハラスメント)を受けるようになったのか、思い出しながら、生い立ちを綴っています。 読者の方から、「モラハラを受けながら、どうして堪えてこれたのでしょうか?」という質問をいただい…

モラハラの母も「ありがとう」は言わない

『モラハラ夫は奥さんに「ありがとう」を言わない』 という記事をかきました。 www.hyumama.com亡くなったモラハラの実母も、「ありがとう」はあんまり聞いたことがありません。お客様には言うんですよでも、自分の兄弟、母は一番上でしたし、父方のほうにも…

モラハラ夫に堪えられるのは、モラハラの母に育てられたから

私がモラハラ夫に堪えて暮らすことができるのは 他の何でもない、モラハラの母に育てられたからです 息苦しい家でした。周りにも似たような家庭がわりとありました。 昔ですから、その土地に根付いた封建的な側面もあったのかもしれません。それが普通と思っ…