あすみとモラハラ夫との13000日

毒親育ち モラハラ夫 エッセイブログ

モラハラ夫 食事編 モラハラ夫の母にもびっくり


前記事の続きを書こう。


『いちいち食事にケチをつける』

食事は毎日、三度三度いただくもの。すべて家で食べているわけではない。もちろん外食があったり、買ったものを持って帰って食べたりもするわけだが、その食事のほとんどは家で食べている。


今日は第一子がお腹にいたときの、特に悪阻がひどかった、あれは3ヶ月くらいのことだっただろうか。

何もかもが初めてつくしの妊娠に、戸惑うことが多かった。
空腹になる前に何か食べれば収まる悪阻も、初めての時はどうして良いかわからず、気持ち悪くなって、たびたび、トイレに駆け込んだ。
体はだるく、熱っぽく、何もする気が起きなかったが、それでも、夕飯はちゃんと作っていたように思う。
私の体調を心配して、旅行から帰る途中だからと、義母が様子を見にきてくれた。

1日泊まって帰るだけだったが、たまっていたお茶碗を洗ってくれたりして助かった。

「今日は飲んで帰るから遅くなる」
夫からそう連絡があった。お義母さんが来てくれてるのに、とは思ったが、いろいろ付き合いもあるのだろう。

寝静まった夜中に、ガヤガヤと人のざわめく声がした。
2DKの社宅の扉を開ける重い金属音が響いた。

「いやいやいいから」
「大丈夫だけ」
そんな問答があっただろうか

どうやら夫が同僚を連れてきたようだ。
1枚隔てた襖の隙間から差し込む蛍光灯の明かりがチェストの上の置時計を照らした。夜中の3時。

襖を開けた夫は私に
「同僚が終電に乗り遅れて連れてきた。布団を敷いてもらいたい」
起き上がるだけでもつらかったが、化粧も落としてやりちらかした夜着姿など、見られたくもなし。

隣には母が寝ていたが、「こっちで2人で(夫と同僚)寝るから、あすみと一緒に寝て」
布団を一組渡したら、寝ていた義母が私の布団に入ってきた。
(なんでこうなるの?)
狭い布団に太い義母と寝るのは勘弁して欲しかった。
すると、
「お腹がすかせとるから何か作って欲しい」と言われた。
何も聞こえてない、寝たふりをしたら一緒に寝ていた義母にツンツンと肘でつかれた。
「してあげてちょうだい」

「・・・」
「早く」

しょうがなく起きたけど、釜のご飯も食べきって、麺類もなく、あるのは冷凍庫にあった生協の肉まんくらいだった。
「それでいいよ」

「奥さんすみませんね」

「いえいえ」にっこり笑った。

肉まんをふたつずつお皿に入れたら、「では、ごめんなさい」とまた、義母の眠る布団に入った。

同僚の男性は朝早く帰っていった。

(ほんと迷惑!これが、あなたの息子の実態よ)

そう思ったが、そんなことをわざわざ言わなくとも、一連のことで、どんなふうにわがままに過ごしているか、義母にもわかっただろう、そう思った


「朝、何か食べれる?」

夜中起こされたのに、それについては何も言わなかった。
「作るわ」

朝食を用意している間、久しぶりにあった親子で昨日、泊まった同僚の話題もあがり、笑いながら話をしていた。


妊娠してから、大好きだったコーヒーがまるで飲めなくなってしまった。飲める夫が羨ましいなあと思いながら、ハンドドリップのコーヒーをいれた。
トーストと、レタス、きゅうり、トマトのサラダ
100%のオレンジジュース。そして、ベーコンエッグ
トレイにのせて、新聞を広げて読んでいた夫に
「はい」
と差し出した。
開いた新聞を弛めてチラっとトレイを見て一言。

「サンドイッチにして」
(はあ?)

「ええー!せっかく作ったのに」
「だって僕、サンドイッチが食べたいんだもん」

くらくらしながら作ったのに、ありえない・・・

そういう時、義母が「何を言ってるの!あすみさんが具合悪いのに作ってくれたものを!我儘言わずに食べなさい!」

・・・と言ってくれるだろうと、義母の顔を見ると

「サンドイッチにしてあげて」とにっこり笑って言ったから二度驚いた。

「じゃあ作ったこれはどうするの?」
「あんたたべたら?」
「もう、お野菜も使いきったし、もうキャベツしかないよ!」
「あら、キャベツで作ればいいじゃない、塩で茹でてもんでギュッとして・・・」と義母が言う

昨夜の夜のことも頭にきていて、ついに「もう、できない」
と言うと義母がきれた
「まあ!サンドイッチが食べたいって言ってるのに!このくらいのこと!」

義母はプンプン怒って夫のサンドイッチを作った。




どっちが正しいの?私はおかしいの?




そう自身に何度も問いかけることをしながらもう30年以上経ってしまっていた。