あすみとモラハラ夫との13000日

毒親育ち モラハラ夫 エッセイブログ

モラハラ夫 食事編 作っても作っても

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やはり、もう少し、食事の時の夫のモラハラぶりをお伝えしなければなりません。

食事は家族の生活で欠かせない基本中の基本です。
『食育』と言う言葉にもあらわされているように、
人として生きていく上での教育の場なのです。

新婚旅行から帰ってきた次の日から夫との食事がはじまりました。
夫はまず、ビールを飲み、次にお酒を飲むので、それにあう、酒の肴3品を作り、あとご飯を食べないのでお腹を膨らませるだけのおかずを3品 作らなければなりません。

私は結婚前から実家でお夕飯の支度をしてましたからお料理は得意でした。

普通に魚介類を使った三杯酢の酢のものや、煮魚、焼き鳥を焼いたり、あるときは手作りの餃子を焼いたり、メインのおかずは筑前煮の煮物やひじき煮や・・・
気取った料理はありません。こんな素朴なものが喜ばれるとよく、わかっていたからです。

作ったものをテーブルの上に並べると、自分でいうのもどうかと思いますが、ボリュームのある、どっかのお店屋さんの料理かとちょっと思うくらいでした。


「ここにもってきて」
と炬燵のテーブルの上に並べようとすると、
「だめだめ、ひとつずつ持ってきて」

「え?」
「ビールやお酒の量をみながらゆっくり食べたいの」

ひとつずつ持っていくということは、私はまだ食べられないということでした。

ひとつ持っていくと、その次の料理をいつ持って行ったらいいか、タイミングがよくわかりませんでした。
「はい、次」
そう言われて持っていくと、
「だめじゃないか、冷めてるじゃん、温めなおして持ってきて」

「・・・」
結婚当初、その料理を出すタイミングがわからず、悩んだところです。

餃子は手作りで作っていましたが、餃子はビールの肴だそうで、ビールの時に出さなくてはならなかったようです。
私の家はお酒を飲む家じゃないので、そのへんのことが、よくわかりませんでした。

また、料理の組み合わせにもとても頭を悩ませました。

毎日お酒の肴3品、おかず3品、10ヶ月間、同じものを出したことは一度もありませんでした。
それは何故かというと、「美味しい」と言わなかったからです。

結婚前に一度だけ作ったチャーハンを何度も「美味しい!」と連呼してたべてくれた夫と同じ人とは思えませんでした。

食べる最中も、「この魚はこんな料理の仕方じゃないほうがいいね」「これは焼き魚用の魚だよ」
「いくらの肉使ってるか知らないけど、こんな料理はいくらでも工夫次第で、安い肉使ってできるはずだよ もっと工夫してみて、工夫が足りないよ」
「もう、ワンポイント欲しいね」「これだけたくさん作ってくれたのに、一番美味しいのは、この缶詰めだねー」と、いうと、自分が買ってきた缶詰めをパカンと開けて「ああ美味しい」
と私の前で食べました。

どんなに時間をかけて作っても、どんな完璧な料理にしても必ず文句をつけました。
「あすみにはもっともっと上手になってほしいからね」
それを聞くと、馬鹿な私は
(そっかあ、私のために言ってくれてるんだ)
と、次の日もその次の日も、朝から頭の中は夫の晩御飯のことで頭がいっぱいになりました。

いつも、一品ずつ出して、夕食の時間が1時間半くらいかかったので、言ってみました。
「私も早く食べたい」
そう、いうと、すんなり
「持ってきて食べればいいじゃん!その間に出してくれたらいいよ」
(なあんだ)
それを聞いてから私の食べる分も一緒に出して、その間に次のを出すようにしました。もちろんタイミングは必要でしたが・・・。

「私、こんな食べ方嫌だな、いっぺんに出していっぺんに食べようよ、何回も食事中に立たなくていいし、疲れる わたし」

そういうと、私の目をみて
「おまえは甘いなあ 人が外で一生懸命働いて疲れて帰ってくるっていうのに」

そう言ったきり黙ってテレビの方を向き、その夜は不穏や空気が流れていきました。

(そうしたのは私だったのか?)



今、考えると、すぐに『モラハラ』と判ることも、この時はまだ若いし、(私がいけなかったのかな)
と思うにとどまりました。

そして、こんな(私がいけなかったのかな)と思うことこそが、『モラハラ夫』を『モラハラ獣』に増長させていったのです。