あすみとモラハラ夫との13000日

モラハラ夫と暮らす悩みと苦しみを綴ります

モラハラ夫は生き物が好き?

生き物、飼ってますか?

こんばんは

派遣社員のあすみです。


モラハラ夫は生き物が大好きです。

小さい頃からセキセイインコや、じゅうしまつ、猫も何匹か飼っていたようです。

今も自宅では犬、それから2階の机を置いて書斎にするはずだったところに、水槽をいっぱい置いて、亀?とかげ?メダカ?えび?何種類か、熱帯魚を飼っています。

「生き物が好きな人は優しい」
と、自分で言ってますが、私は疑問に思っています。





小鳥も熱帯魚も今まで、たくさん飼っていたようですが、私にはストレス以外の何ものでもないです。

末っ子の男の子も熱帯魚や小鳥が好きで、週末になると、ショッピングモールのペットショップに一緒に行くのがお決まりみたいになっていました。

そして、変わった品種の熱帯魚を買ってくるのです。
親子連れで、ペットショップに行くのはいいんですよ ほほえましい光景です。

鳥かごを買ってきて、えさ場や水のみ場を作ったり、枝をかごの中に入れたりと、楽しそうでした。

熱帯魚も小鳥も調子がいい時はいいけれど、水槽の水を変えるタイミングや、水質、えさをたくさんやり過ぎたりして、魚が死ぬとモラハラ夫は子供に吠えるんです。

「おまえのせいで死んだんだ!おまえが殺したんだ!」
「僕はちゃんと言われたとおりにえさをやったよ
お水もあげたよ」

子供は泣きながら訴えます

熱帯魚のことはよくわかりませんが、水の温度があがったりすると、すぐ弱って死んでしまう生物なのでしょう。
小鳥もそうです。

子供は日中は学校に行ってるので、一日中生き物についていて見てるわけじゃないのに、生き物の死を子供のせいにするのが、嫌で嫌でたまらなかったのです。

どうして

「可哀想だったね、よくお世話してたのにね」

と言えないのでしょう。

人が聞いていて、忌み嫌うような「死ぬ」や「殺した」など、平気で子供に言うモラハラ夫の神経はどうかしています。

「死」に対してそこまで執着するのなら、「死」を悼み、当分、悲しみにくれるかと思ったら、そうではないのです。また、すぐに次の熱帯魚を買ってくるんです。
ネットで、注文し、次ぎ次ぎ届きます。

そして、死んだら
「おまえがめんどうをちゃんと見ないから死んだんだ!おまえが殺したんだ!」

腹が立ってなりませんでした。
「もう飼わないで!」

あまりにも一方的に責めるので、腹にすえかねて、
そう言いました。

「死ぬのを子供のせいにするのなら、もう、買って
こないで!」

と言ったものです。
そうすると、ニヤニヤ笑って済ませます。
子供は泣いてるのに、子供の気持ちや心を傷つけても平気です。


今、飼っている犬も、生まれて2週間くらいの犬を愛護団体のネットで見つけて注文してやってきたのです。

私は飼うことに大反対でした。

たった半年前に、13年いた犬が死んだばかりだったのです。
娘が拾ってきた雌犬でしたが、よく家の番をして、
お庭でBBQをするときには、一緒に傍に座ってました。
子供が拾ってきたのに、学校の用事や部活で、結局、散歩は私がしなければならなくなりました。

途中から目も見えなくなり、どこを歩いているかわからなくなることもあり、しばらく慣れるまで、散歩の時間がとても長くなりました。

めんどくさいなあと思いながらも、私はその犬を大切にしていたつもりです。

亡くなる1年前、年末に帰省した時に夫の実家に車に乗せてみんなで帰りました。
犬も一緒に車にのってよだれをたらしたり、慣れない車に揺られて吐いたり、そんなことも、みんなで笑える楽しい出来事でした。

その年の冬は特別、寒い冬でした。
帰省先からみんなで1泊の温泉旅館にいくようにしていました。
犬は連れていけません。
少しやねのある庭先に繋いで、えさをあげて出かけたのですが、その夜は平野でも雪が降るような寒い夜でした。
わたしは、暗い窓の外を眺めながら、置いてきたコロのことが気になって仕方ありませんでした。

翌日家に帰ると、繋いでいた鎖がぐるぐる巻きになって身動きできなくなっていました。

それでも、私達の姿を見ると力いっぱいしっぽを振って出迎えてくれたのです。



よほど、冷えたのでしょう。
その日を境に、なんだか、どんどん具合が悪くなっていきました。
歳をとっていたのもあるでしょう。
散歩にもいかれなくなり、もう、最後は前足でしか、動けなくなっていました。


その日は特に具合が悪そうでした。
出かけたくなかったのに、玄関先に入れていたコロに「すぐに帰ってくるからね」と動けなくなっていた頭を撫でて、出かけました。
二時間ほど、外出して帰ったとき、こちら向きになって息絶えた姿になってました。
「コロ!コロ!」
何度も叫んで名前をよびましたが、舌がベロンとなったまま、温かいまま、もう、息絶えていました。

犬はどんな時でも、飼い主さんが帰ってくる時には
出迎えるそうです。
コロも私の車が玄関先についたのを聞いて力を振り絞って向きを変えたのでしょう。玄関をあけると、ちょうど、開けた扉の所に頭があったのです。
私のことを、病にあるなか出迎えてくれようと、必死で向きを変えたんだと思いました。

思い出しても、悲しみがけみあげてあのコロの姿が目に焼き付いて離れません。

当分の間、いつも、出迎えてくれていた犬小屋のところを見てしまう自分がいました。

もう、こんな悲しい気持ちになるのなら、絶対に犬は飼わない。そう、心に決めていたのに、
モラハラ夫は
「僕がめんどうを見るから」

そう言って、私や子供の大反対を無視し、ネットで注文し、やってきたのです。

コロと違って、やんちゃな雄犬でした。

生まれて2週間のワンちゃんは可愛いかったです。
手放しで飼いたい気持ちにはなれませんでしたが、
子供たちも、可愛がっていたこともあり、その日から家族の一員となりました。



つづく