あすみとモラハラ夫との卒婚生活

モラハラ夫  卒婚生活 カサンドラ

モラハラ夫とは家庭環境が違い過ぎた


週末は接客業で普段、食べられない大蒜たっぷりのメニューを選ぶことが多いが、明日、人と会うため、今日は控えることにした。

今日は無性にカレーうどんが食べたくなり、私だけカレーうどんに。

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息子はまだ帰らないが、昨日、焼いておいた、焼きサバや、れんこんと牛肉の甘辛煮があるし・・・

これだけでは足らないから、卵焼きでも作ってあげようかな

基本、モラハラ夫と違って、食事に文句を言うことはない。ここについてはモラハラ夫に似なくて本当に良かった。


さっき、父にイカの煮付けやお味噌汁など持って行ったら、野菜炒めを作っている途中だった。

92歳で、洗濯やお風呂そうじ、掃除機もかけ、身の回りのことは何でもする。

現役時代に船に乗っていたから、若い時からの習慣になっているのだ。

母は、楽な暮らしだっただろうなあ、

料理さえ、作れば、茶碗洗いも、小6から、25の年でお嫁にいくまで、余程の熱でも出ない限り、ずっと私がしていたし、私がいなくなったら父がやっていた。

父には高校生のお小遣い程度のお金しか持たせてなかったんだと思う。

ズボンのすそが破れても、靴下に穴があいても、繕いながら、使っている。

ミニマリストも、ここまでくれば、ただの貧乏性というしかない。


もともと、モラハラ夫の家と私が育った家は違い過ぎたんだと思う。

モラハラ夫の家も、サラリーマンだから、決して裕福ではないと、思うのに、暮らしぶりはなんとなく、違っていた。

年に1度、2度は家族で旅行に行っていたと言ってるし、外食も頻繁だったらしい。

子供の頃から遊園地や、ボーリングなどもしていて、夏には施設の整ったプールに行ったと言う。

お姑に実家の不動産収入があったために、遊興費は、そこから出ていたんだろうと思う。子供達が独立してからは、それで、兄弟みんなで、年に1回、海外旅行するのがお決まりだった。


そんな風だから、結婚してから子供達が小さい時にはプールや動物園や、川遊びなど、よく連れて出かけた。

お花見も、紅葉狩りも、私は家族では行ったことがない。

プールや海、家族で温泉旅行も、夫と結婚して実現したことが多い。

実家では、旅行は母ひとりが行っていたし、動物園や遊園地は、学校の遠足で行くところだとずっと思っていた。 兄と私は家で父とお留守番だった。


見るテレビ番組も、1日7時までの30分、歌番組は見ない。 

流行っている歌もよく分からず、学校では話についていけないことがよくあった。

本当に窮屈な家だった。


子供達には、私のような思いはさせたくないなあと、考えているうちに、4人とも、野放し状態になってしまい、あんまり勉強しなかったが、友達は多い。


結婚はお互いの歩み寄りが何より大切だけど、夫には

「おまえが俺に合わせるんだよっ!」

とよく言われた。


脈絡のない記事になってしまったが、今晩は週末で、完全にOFF。

何も考えず、ゆっくり眠りたい。






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