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喪中見舞と母の家族


親戚の叔父が亡くなった。

長く癌を患い、入退院を繰り返していたらしい。

母が亡くなった時にはちょうど、手術後で、お葬式に参列できなかったことを長く悔やんでいたと叔母からの電話で知った。

享年82歳、母が亡くなった歳と一緒の年。

これで、母の6人家族は皆、亡くなった。

祖父は沖縄の地上戦で戦死。

祖母は62歳の時、クモ膜下出血。他2人の叔父達も、若くして亡くなったから、母も、この度亡くなった叔父も長生きした方だったかも知れない。

 

晩御飯を父に持って行った時に、叔父が亡くなったことを伝えると、とても残念がっていた。母とは1番仲の良い弟のようだったから。

顔がよく似て彫りの深いイケメンさんだったが、最後は奥さんのこともわからないくらい、認知が入って、痩せ細っていたと言う。時々遊びに来てくれた叔父はとても優しかった。

 

 

叔母にはお手紙を認めて、別便で喪中見舞として、お線香を送った。

そのお礼の電話がかかってきた。今頃、家族揃って下界を見ながらおしゃべりをしているかも知れない。

 

叔母は私の両親にとても良くしてもらったと何度も言うから、とりあえずお礼は伝えたが、母のお葬式に集まった父方の親戚に「母がいろいろご迷惑をおかけしました」と挨拶をした時、皆が目を伏せた光景が思い出されて、母は、自分の身内と思える人だけに、いい顔をしていたんだろうなあとすぐわかった。

 

私は父方の大嫌いな妹に顔がそっくりで、家の中で、母のイジメのターゲットになった。

当時は幼くてそんなことはわからない。母というのは私のために厳しく育ててくれてるんだと、少し年齢があがってからもそう考えていた。

祖母が亡くなるまで、私のことに目をかけてくれた。

「なんで、あすみのこと可愛がってあげんの?」

そう、言うくらいだから、傍目から見ても、兄と私に対する母の態度が違っていたのだろう。

 

今の時代だからSNSなどで、毒親の存在があることが認知されているが、当時のこと。親の不満を口にすると、【親不孝物】と括られる。

母という存在が慈愛に満ち満ちているという伝説で親がどんなに苦労して大きくしたかと、周りの大人にもそう諫められるから、自分が悪いんだと相談しなくなる。また相談する先もわからなかった。

とにかく良い子でいないと、国家公務員という職種で、何か問題を起こせば生活が立ち行かなくなるという話しを母からは何度も聞かされ、母に搾取されても、「親にするのは当たり前よ」と説いた。

 

自己愛性人格障害の人は、敵と味方に分ける。上か下か、得か損か。

夫にとっても、私は使用人。

用が無くなればすぐに切り捨てられるだろう。

世間体を気にするから、体よく結婚記念日や誕生日には花束を送ってくれるが、骨折しようが、疲れていようが、家事を手伝うこともない。

物に溢れた実家の片付けを「姉貴にさせるなよっ!おまえの仕事ど」

というから、豊かな年金を盾に、疲れていようが、歳をとっていようが、お構いなしに使用人として使い果たすつもりだろう。

 

何とも言えないね。

生まれてからこの年まで、ずっと自己愛性人格障害という部類の人からターゲットにされている。

さすがに疲れる。

90歳まで生きるとしてあと30年は、気の合う友達と旅行したり、美味しいものを食べに行ったり、孫守りをして楽しく暮らしたいなぁー

 

 

 

 

 

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