あすみとモラハラ夫との卒婚生活

モラハラ夫  卒婚生活 カサンドラ

小説 螺旋階段 VII


雅之の声に誘われるように足を踏み入れた高い塔の螺旋階段を昇っていく涼子。

上の方から薄っすらと差し込んでくる光を頼りに足元も良く見えない階段を1段ずつ昇っていくが、どうしたことか、ずっと同じ場所を巡っているようで、遅々として進まない。

それでも、時々急に目の前に現れる小さな窓からの光に、魔法にでもかけられたような幸福感に包みこまれる錯覚に陥るのだ。

小さな窓を覗きこむと上の方に見えていた細い糸は、上に向かうに連れて太くなっているように見えた。

糸のように見えていたのは、何だろう。

ふわふわ浮いているようにも見えたが、それは雲の流れでそんな風に見えていただけなのかも。

涼子は自分が見ているものが、現実なのか、夢なのか、或いは、涼子自身の脳内で起こっている異常なのか、いや、そんなはずはない。

雅之のことを呼んだら確かに「こっちだよ」と答えてくれた。

(だから間違いはないはずだ)と。

とにかく、この螺旋階段を昇らないことには、出口に辿りつけないのだ。

涼子は自分にそう言い聞かせて途方もなく長い螺旋階段を昇っていくのだった。

✥✥✥✥✥

新婚旅行から帰ってきた空港でのあの出来事で突然、激高する雅之を目の当たりにしてから、涼子は雅之に話しかけるのを躊躇うようになる。

(今は機嫌がいいだろうか)

(どうしてあの時あんなに怒ったんだろう)

(慣れない外国の新婚旅行で疲れただけかも知れない)

涼子は自分自身で、疑問を投げかけ、自分自身で都合の良い答えを出し、そして自分自身を安心させた。

 

「雅之ねえ、ちょっと注文が多いのよ、涼子さん頑張ってね」

結婚前にお姑から言われたひと言以上に、雅之の食事の支度は、目眩がするほど疲れた。

 

突然、人が変わったように怒る雅之の姿を見たくないばかりに、朝、雅之を会社に送りだすと、すぐに、晩御飯のメニューで頭の中はいっぱいになるのだった。

 

酢の物、和え物、焼き魚か煮魚か、茶碗蒸しや、天ぷらや・・・

(器はどれにしよう)

出す順番・・・

 

だらだらと肴をつまみにお酒を飲みたい夫は白米を食べない。

その代わりに、白米に代わる何かでお腹をいっぱいにする必要があるのだ。

 

胡座を組んでテレビを見ながら食べる夫の前に、料亭のように、ひと皿ずつ持っていく。

早く持って行けば

「早すぎる」

といい、遅ければ

「ビールがぬるくなるじゃんか、だめだよ」

と、怒られた。

雅之の食べる姿を見計らいながら、ひと皿ずつ持っていくのだ。

当然、雅之が食べ終わるまで、涼子は座って食べられない。

出し終えて、涼子もやっと座って食べはじめると、

「水割り作って」

と言い、

「えええー」

というと、いきなり不機嫌な顔つきになる。

またあの時みたいに急に怒りだすんじゃないかと、水割りを作る。

 

 

それに雅之はひとことも「美味しい」と言わなかった。

結婚前にはありあわせで作った焼き飯であっても

「こんな焼き飯食べたことないよ〜」

と手放しで喜んで食べていたのに、夫婦となってからは、何も言わずに口に運び、涼子に話しかけるのは

「次」

と言うだけ。

 

その場に涼子の存在すらないみたいに、テレビを大音量で見て笑うその姿に不気味だと感じたこともあった。

 

涼子の作った料理に「ごちそうさま」以外に何の感想も言わない夫。

おそるおそる聞いてみる。

「どうだった?」

 

すると、薄ら笑いを浮かべて

「工夫が足りないね」

のひと言でその場が判子を押したみたいに終わってしまう。

そして背を向けてテレビを見て笑うのだ。

(どこが工夫が足りないのか)

(何がいけなかったのか)

雅之はそんなことは言わない。

そして涼子も何故か聞き返せない雰囲気になってしまう、取り付く島がない、大きな壁が立ちはだかるように。

バンッと分厚い鉄の扉が閉まるみたいに。

 

(なんだろう)

2人いるはずのこの空間で、背を向けたままテレビを見て笑う雅之を見て、孤立している自分の感情をどう扱ったらいいのか、まるでわからなかった。

新婚生活とはこんなものだろうか。

 

実家では両親から「辛抱しなさい」「我慢しなさい」

と言われ続けた。

どうしたら雅之を満足させられ、以前のように

「ああ!美味しかった」

と言わせることができるのか。

 

おかずの種類、順番、白米に代わるボリュームのあるおかず・・・

と、毎日つけていた日記の隅に書き連ねて、メニューが重ならないようにも注意したが・・・

「もうワンポイント足りないね」

そう言い、棚から魚の缶詰を開けたかと思うと、

「あああ〜うまい!こんなにたくさん料理が並んでたのに、1番美味しいのは、この缶詰だね」

はぁーはぁっはぁっと笑った。

 

あまりの言いように口を尖らせると

「なんだよ~涼子のために言ってるんだよぉ、涼子にはもっと上手になって欲しいからねっ」

「冗談に決まってるじゃないか」と笑った。

 

未熟な涼子は、(そうだったのか)と、嫌だという自分の気持ちより、年上の、社会人として評判の良い雅之の言葉がすべて正しいと思うようになっていった。

そして、一生懸命尽くせば、必ず報わるとそう信じた。

 

✥✥✥✥✥

社宅は山の麓だったが、車を少し走らせれば、たくさんの観光スポットがあり、雅之は休みの日になると、涼子を連れ出したのだ。

「いいなぁ小川さんとこ、いつも旦那さんが連れてってくれて」

まだ子供がいなかった頃、恋人同士みたいに毎週出かける私達を見て、社宅の奥さん達がそういっていたのだが・・・

 

実家では、家族でどこかに出かけるということがほとんどなかった涼子にとって、知らない土地での、社宅という独特な雰囲気から逃れることができ、気分が変わったように思えたが、美しい湖も、花がいっぱいの公園も目に入ってはいるが、綺麗だなあとも思うのに、なぜか、頭の中はその日の晩御飯のことでいっぱいになり、とにかく、楽しめなかったのだ。

 

もっともっと晩御飯に力を入れなければ、そんな使命感と脅迫観念に襲われた。

 

何を作っても「美味しい」と言わずに

「まあ、仕方ないね」と言ってみたり「う〜ん」と言ったきり、黙ってみたり、

得意としていた料理に納得がいかないという態度に、頭を抱えた。

 

実家の母から電話がかかってくることは無かった。

普通なら、知らない土地で、車の免許もない娘が、山の麓の社宅で、どんな風に暮らしているのか心配になりそうなものだが、一切なかった。

また、取り付く島のない夫の態度を母親に相談したところで、良いアドバイスは無いとわかってはいたが、それでも、とりあえず、結婚前の夫とは違うことを伝えてみたら、理由も聞かずに

「離婚して帰ってきなさい!こっちで働きなさい」

と、言い放って電話をガチャッと切る。

給料の良い金融機関で働いて、家にそのほとんどを食費という名目で、入れていた涼子がいなくなったことで、たぶん母親は自由に使えるお金が無くなって困っていたのだろうことは容易に想像がついた。

 

(相談した私が馬鹿だった)

涼子はそう思った。

 

そんな毎日の繰り返しだったある日、事件は起こった。

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