あすみとモラハラ夫との13000日

毒親育ち モラハラ夫 エッセイブログ

思い出の物を捨てて自分の人生を模索~モラハラ夫との暮らし~


昨日は朝から1日中、納戸の片付けをしていました。
シニア世代の片付けは思い出のものからです

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もしものことがあった時に、残されたものの中に親の日記や婚約期間にやりとりした手紙を子供が見たらどうでしょう

それはそれで微笑ましいものでしょうか?

日頃から突然 お母さんにキレる父親を見ているのに、手紙の内容とはあまりに違いすぎることを何と思うでしょうか?


なんでもいいです。
そんな時期もあったんだと前を向いて、残された手紙は全部処分しました。

日記は2冊、3冊ずつの処分なので、なかなかすぐにというわけに行きません。

最初は読まずに捨てようと思っていたのですが、最近では、私がどんな気持ちで過ごしていたか、少し読んでから捨てよう・・・そんな気持ちに変わり読んでみると、どこのページをひらいても、同じことが書いてあることに、私の苦悩があらためて浮き彫りになりました。


長女が生まれてまだ1年経たない7月13日

『なんで、あんなに怒ったのかわからない。何がいけなかったんだろう』

具体的に何があって、とは書かれてないのです。

そして3日後の7月16日

『やっぱり幸司さんは優しい。私がいけなかったんだ。良かった機嫌が治って。怒らせないようにしなくちゃね』

そして7月26日
『きっと会社でストレスがたまっていたんだ。明日になれば、治るよね』


その年の12月20日
『ほんと、いちいち食べ物にうるさい、何であんなに文句いうんだろう』

12月23日
『良かった、今日は機嫌が良かった。私が悪かったのかも知れない。努力しなくては』

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どのページを開いても、夫の機嫌を窺い、優しくなった夫に安心し、そしてまた夫が怒り、また機嫌をとる・・・

そんなことの繰り返しです。


夫が日記を読んでいたことがわかってから書くのを止めたのですが、こんな同じような内容なら、あまり日記の意味がないなと思いました。

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次々と子供が生まれ、育児に追われたのもあり、大変なこともあったけど、子供達がいてくれたことで、大笑いできることもたくさんあり、子育ては大変だったけど、私は子供達に救われていたのかも知れません。

子供がひとり生まれる毎に、食事の文句はますます酷くなり、上手にかわすのに、私は笑って「ごめんごめん」を言うのでした。
落ち込んだり、言い返したりしたら20も、30も文句が返ってきます。

夫をいつもご機嫌にさせておくことは、私が家事や育児をするのに、最良の方法だったのです。

でも、私も人間。子供達によく怒鳴り散らしました。長女には家の手伝いや、兄弟の世話をさせて、かわいそうなことをしました。反省です。


長い短いはあるけど、そんなスパンを繰り返しここまで来ました。

義母からは
「あすみさんは幸司と結婚して本当に幸せ」

と何度も言われ、毒母育ちの私は私に与えられるたくさんのプレゼントや、家族旅行をありがたいと思いながら、繰り返される夫の怒りに戸惑い、かわしていくことにほんとに疲れていたのだと思います。


今は食事の品数も少なく、文句も昔ほどは言わなくなりました。いま、私に逃げられては世間体も悪いでしょう。
ふつうにしていれば、ふつうに喋って子供達に慕われ、尊敬されている夫です。

時々、キレますが、たぶん自分では自分のことをとても穏やかな人間と思っているでしょう。
モラハラ人間は自分の都合の良いようにしかものを解釈しません。



コロナ禍の自粛で、家の片付けをはじめてから、自分の人生をふりかえる時間を与えられ、自分らしく歩める道を模索しはじめました。

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教会で出会った仲間達との再会が待ちどおしいです。