あすみとモラハラ夫との卒婚生活

モラハラ夫  卒婚生活 カサンドラ

祝ってあげられない


兄が今月、還暦を迎える。

毎年お誕生日には誕生日カードに父と私の近況を書いて送っている。

住所は、生命保険会社が1年に1度の生存確認で本社から送られる書類。
そこにいなければ、返送されるという。

母がずっとかけていた兄の生命保険。その保険は今は解約。
付き合いのあった保険屋さんが、
「本社に返送されてないので、同じ所にいると思いますよ」
と、そう言われるままに、あれから毎年、誕生日にはカードを送っている。

アパートに引っ越して来た時、なんやかやで60万円の大出費になった。
礼金敷金、引っ越しはお金がかかるんだと、痛感したが、このアパートに引っ越して来てからの安心感はお金に変えられない。

大金が動く引っ越し、相当なことでもない限り、兄がそこを引っ越すとはかんがえにくいが、手紙を送る時にはいつも、ちゃんと届くか、受け取って読んでいるか、不安になる。

一度は家族として過ごしたのに、音信不通になってしまったこと・・・
私にも責任があるのだろうか。

結婚して自宅を出てからは、年に2、3回帰省はしても、いつも、その時を狙ったかのように出かけたりすれ違ったりして、もともと話をしない兄妹はさらに顔もあわせず、話もしなくなった。
兄のことが大好きだった母は、兄としか喋らなかった。
私は学校の報告をするだけ。
もともと家族団欒がなかった家で、それぞれ大人になった兄妹が、お喋りなどするはずもない。
そうしたのは母なのに、自分が77歳になろうとした時に
「お兄ちゃんと話をしなさいっ」
と言われて、(何を話すの?)と思ったものだ。

周りのお友達を見て、自分も喜寿のお祝いをしてもらいたかったのか何なのか、兄と妹で母を祝う会などの計画でもしてくれるんじゃないかと期待したのだろうか。

偶然、母と私は同じ誕生日。小学生まではクラスのお友達を呼んでお誕生日会などもしたが、中学生になってからは
「誕生日は親に感謝する日よっ!産んでもらったことに感謝しなさい」
と、特に家族でお誕生日を祝うでもなく、父の退職祝いや還暦祝いなども記憶がない。

この前、もうすぐ還暦を迎える兄のことを思いながら父にも聞いてみた。
「おじいちゃんは定年の時、お祝いかなんかしたかね?」 
「そんなものせんかったなあ、うちのお母さんはそういうところが欠けとったなあ」
と、少し不満げにそう言った。

母は友達が来ると、懐石料理など出して大盤振る舞いしたが、家族の大事な日には特にお祝いなどしなかった。それなのに、自分の誕生日や母の日、敬老の日、還暦に古希に喜寿にと、毎回のように要求してきて苦痛以外なかった。

お祝いをしてあげたいという気持ちは自然に湧き上がるものだ。

兄には昨年の父の圧迫骨折のことを報告したが、私がアパートに引っ越したことは知らせていない。

娘も結婚すること、息子が3月に大学を卒業すること。そんな幸せな知らせをかードに認めて送った。

還暦に何が記念になるものを送ろうと、赤いキーホルダーを選んだ。
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赤いセーターなどきっと着ないだろうし、かと言ってマフラーやタオルなど、チラッと思ったが、兄の生活の様子がわからないのでは、この不景気、間違った使い方をされても嫌なので、長いものは止めた。

赤いキーホルダーはポストに投函してもらえる。
オリジナリティーを出すために、名前をお洒落に刻んでもらった。

喜んでくれるといいなあ。