あすみとモラハラ夫との13000日

毒親育ち モラハラ夫 エッセイブログ

喪服のマイヒストリー 私がはじめて参列したお葬式での失敗とは


この前、知りあいのお葬式に参列し、喪服を着用しました。
ずっと着てきた喪服ですが、ちょっと若い型に、気後れして新たに喪服を新調することにしました。

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私がはじめて、喪服を着てお葬式に参列したのは、夫と結婚して間もない時。

同じ県内で、開業医として働く夫の従兄弟のお母様が亡くなられた時でした。
お姑から「近いから揃って出席して欲しい」と言われて、急いで支度をして出かけましたが・・・

とにもかくにも、このお葬式が中3の時に祖母のお葬式に参列して以来、大人になってはじめてのことで戸惑うことばかりでした。

しかも、さきさまは開業医。厳しい目の奥様方がたくさんいそうで、正直、行きたくないなあと思いました。
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喪服は黒のワンピースがあったので、それを着て行きました。
フォーマル用ではなく、母親のお下がりで、無理やり喪服として間に合わせたワンピース。

社宅にいた時、「見せて」と言われたから見せたら、ダメ出しされたワンピースです。
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季節が良かったので、そんな薄い生地のワンピースでも、寒くもなく、暑くもなくちょうど良かったのです。
靴は黒の靴。これもフォーマル用ではなかったので、中敷きが黒いものではなかったのです。

バッグはカーフのもの。これも母親のお下がりで高いものでしたが、喪用ではないので、肩掛けのチェーンがシルバーでした。

「参列してくれさえすればいい」

従兄弟の開業医の奥様にお会いするのは、結婚して間もないときにあってその日が2回め。とても上品な美しい方でした。
それほど親しく話をしたわけではなかったし、お葬式に参列すれば、あまり関わることもなく帰れるからと、私も軽く考えていたのかも知れません。

若い故に『知らなかった』ことが多くて、今、考えると、赤っ恥以外のなにものでもないですのですが、大人になってはじめてのお葬式に参列して恥をかいたことを自戒をこめて書いてみます。

お葬式会場が古いお寺だった

お葬式と言えば、セレモニーホールのような会場をイメージしますが、そこのお母様は地元の大きなお寺の檀家さんだったようで、会場はお寺。
靴を脱いで上がらなければならなかったのです。
(しまったー)と思いました。
なぜなら、靴を脱いだら、中敷きの白いのが目立つからです。
イヤだなあと思いつつ、靴を履いたままで上がれるわけはなく、(みんな見ないでね)と内心思いながら上がりました。
学生の運動靴などもあり、あまり目立たないかなと安心しました。

ところが、帰りがけ従兄弟の奥様が丁寧にご挨拶をしてくださり、出口までお見送りをしてくださったそのときに「靴はどちらですか?」と、たくさんの靴で溢れかえっていた出口で、気を利かせてとってくださろうとしたのです。

(あああ~体裁が悪い)

と思いながらも、
「あの・・・あれです、中が白い・・・」
と、指さすと、
「こちらですね」
と、その靴を揃えて置いてくださったのです。
何も思ってない風でしたが、他に中敷きの白い靴はありませんでしたから、とても恥ずかしい思いをしました。

数珠を持ってなかった

大人になってはじめてのお葬式です。
ご香典はもちろん用意しましたが、他に何がいるのか、若い私にはわからなかったのだと思います。
会場でおちあったお姑と3人で並び、拝んでいた時に
「あすみさん、数珠は?」
と、問われて、はじめて(はあ・・・・数珠ね)
と、数珠がお葬式の必需品であることをその時にはじめて知ったのです。
お姑さんが2つ持ってきていて、バッグからそろっと出して私に手渡してくれました。
長男の嫁がこれでは先が思いやられる・・・きっとそう思ったでしょう。

アクセサリー無し、バッグは革製品

こちらに葬儀にふさわしいバッグのことが書かれてあります。
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フォーマル用のバッグを持ってなかったので、母親のお下がりのシルバーのチェーンがついた黒の革製品のバッグを持っていきました。
バッグを触るたびにじゃらじゃらと音がして、良くなかったです。


周りを見回すと皆さん、パールのネックレスやイヤリングをされていて、私は何もつけて来なかったことに、準備不足だったなあと思いました。
それに、私はパールのアクセサリーなど、その時持っていなかったので、靴のことと言い、バッグといい、パールのネックレスにしても、知らないことばかりで、とても気後れして帰ってきました。


実母はそういうことについては何も教えてはくれませんでしたね。私も聞かなかったし。
この時に恥ずかしい思いをしたのですから、少し勉強すれば良かったのですが、お葬式など、そんなにたびたび行くことはないと思って悠長に構えていたのだと思います。


結婚して2度めのお葬式が他の誰でもない、お舅さんのお葬式で、成長しない自分にまた気がつくことになります。


また次の機会に。