あすみとモラハラ夫との13000日

毒親育ち モラハラ夫 エッセイブログ

小さな心音


昨日はゆみ子から電話をもらい夜1時間くらい喋っていた。

ゆみ子とは同じ学校と同じ教会でとても仲良くなった娘

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北川くんにもメールをしたが、もうずっと会ってないゆみ子は、どうしてるかなあと思って、故郷の実家へ電話をかけたのだった。


ゆみ子の実家は自営業。
父親である社長がとてもやり手で不動産経営などにも手を広げて羽振りが良かった。
いつも豪快に笑って、人情味の厚い人柄を感じさせ、金融会社に勤めていた私のノルマが達成できない時には泣きついて何度か助けてもらったこともある。


ゆみ子は一体どうしてるんだろうか・・・
結婚しても里帰りした時は私と、慶子さんとゆみ子の3人で会おうね

そんな約束をしたが、結婚して慶子も私も、実家や婚家を行ったり来たり、子供が生まれてからはさらに忙しくなり、どちらからともなく連絡をしなくなったのだった。

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ご実家に電話を入れるといつも穏やかな口調のお母さまが出られて
「まあ!あすみちゃん?覚えてるよ覚えてるよ元気にしてるの?」
それからはもうお互いに懐かしく、昔話に花を咲かせて、ゆみ子もいまだ東京の外資系企業で翻訳の仕事をバリバリこなしているキャリアウーマンになっていると話してくれた。
「まだ独身よ(笑)」

と笑ったが、元気で過ごしていることに安心した。

電話が欲しいとを伝えて、気になっていたゆみ子のお父さんのことを尋ねてみた。

ゆみ子のお父さんはW大出身の豪放磊落な方。横の繋がりもたくさんあって、私達が就職した時には超就職難の時代だったが、ゆみ子は父親の伝手で、大企業の社長秘書室に勤務になり、コネのある人はいいなあ・・・と羨ましく思ったものだ。

「お父さまはお元気ですか?」

「それがねえ、社長8年前に亡くなったのよ、それも本当に突然ね・・・」

私は言葉を失った。

「亡くなる前の晩まで、元気だったのに、朝、いつまでたっても起きてこないから、起こしにいったらもう冷たくなっていたの・・・心臓麻痺でね」

いつも朗らかな笑いの絶えない素敵な家族だった。
お父さまの存在は大きい。


いつだって楽しそうに大笑いするゆみ子のお父さんが亡くなった後は、一体どんなふうだったんだろう・・・
察するにあまりある。


「それ聞いてびっくりしてね・・・あんなにお世話になったのに・・・と思って・・・」

「ありがとうね あすみ」

2人とも電話口で感極まって涙声になってしまった。

もう30年近くも会ってないのに、電話口で喋る私達は一瞬であの頃の女子高生に戻ったみたいに当時の恋ばなまで出て話題はつきなかった。

「それがねえ、不思議なのよ」

「何が?」

ゆみ子は住んでいたマンションの、古い水道管の入れ替え作業をするために、このコロナの最中、大屋さんに、無理やり追い出されたのだと言う。
その分、引っ越し費用などは持ってもらったが、あまりに突然のことで困惑したらしい。

その片付けで段ボール箱に物を詰めている途中

「教会でみんなでキャンプに行った時の写真が出てきてね~みんなどうしてるんだろうか・・・みんなに会いたいなあ・・・と思っていたところへ、実家からあすみから電話があったって聞いたのよ」

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「本当にみんなに会いたい~!」

自分の人生を振り返ろうと、思い立って始めた家の片付け。
使えないコピー機やら暖房器具やら溜め込んだまま、捨てようとすると、夫に
「今せんでもええわ!」
とキレられて、壊れた物に囲まれたまま。

指を骨折したり歯が次々折れたり・・・
私自身が壊れる前に

(壊れたものを捨てよう)

と始めた家の片付け。

小さな心音が大きな鼓動へと、物事の始まりは自然と整えられていくのかも知れない。