あすみとモラハラ夫との卒婚生活

モラハラ夫  卒婚 ひとり暮らし

娘との関係は難しい


 31歳になった娘と一緒にLUNCHを食べに行った。

天気予報は雨。

県内からバスに乗って帰ってくる娘をピックアップして、眺めの良いレストランへ行く計画。

今日のレストランはグルメ雑誌などにも取り上げらていて、私も友達や夫と何度か訪ねて場所は知りきっていたはずなのに、どういうわけか、高速降りる場所を間違えた。

すぐに気がつき次で降りたが、側道に入ると辺鄙な場所で辺りは田んぼや荒れ地ばかり。

娘が見ていたグーグルマップで指示されるまま、車を走らせると、側道はどんどん狭くなり、不安に感じながらも、「まっすぐ!」という娘の言葉を信じてそのまま行くと、とうとう線路に面した行き止まりの場所に行き着いた。

「何~~~~これ~~~~違うじゃん、戻らんと」

「だってマップにそうあるんだもん」


道は車がやっと1台通るような田舎道。

左は蓋のない溝、右は段差のある田んぼ。

バックモニターを頼りにくねくねと曲がった下り坂の坂道を今度は後ろ向きに上がって行くしか方法はなかった。

何度もハンドルを切り返しながら、何とか抜け出た側道。

あの時、段差のある田んぼにタイヤを落としていたら・・・あの時、後ろから溝に突っ込んでいたら・・・そんなことを考えたらゾッとしてしまった。

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暫く行ってなかったレストラン、それからまた何回か道を間違えて、何とか行き着いたが、お店についた時には心底疲れてしまった。

全く「まちがえた、ごめん」くらい言えばいいのに、「ドンマイ~~」とだけ、私は若い子達がやたら口にするこの「ドンマイ」が人を小馬鹿にしたように聞こえて嫌いだ。

それでも、娘の誕生日で予約した食事。

楽しい雰囲気で気持ち良く過ごしたかったが、もともと娘と私の間には埋められそうにない距離があった。


娘も、そして私も、そうであってはならないと、こうして食事に行ったり、お茶をしたりプレゼントを送りあったりするが、その関係性は難しい。


それは子育てに原因がある。

思うようにならないとすぐに叩かれたり殴られたりした私の子供時代。

昭和の時代だからそんなのは当たり前のようだったのかも知れないが、そんな虐待のような子育てを娘にもそのまましてしまった。

「◯◯ちゃんのお母さんはもっと優しいよ?」

「それは◯◯ちゃんがよくお母さんの言うことを聞いていいこだからよ!」

そんなことも言った覚えがある。

そればかりではないが。

子育てはしてもらったようにしか育てられない。

躾の厳しい家が嫌で嫌でしょうがなかったが、結婚まで家を出ることはできなかった。

昨日、NHKのクローズアップ現代で、『親を捨ててもいいですか』というセンセーショナルなタイトルで、親との関係に悩む子供が年老いた親の介護に向き合う姿が放映されていた。

私はもう5年前に母を亡くしたが、涙も出なかった。やっといなくなったと安堵した。

また一方で、このアパートに越して来る時、息子の就職のことなど、この世にいない母に話しかけ相談した。

こんなやりとりを、存命のうちにしたかったのかも知れないが、母は人の話しに耳を傾けるような人ではなかった。

そんな一方的に何でも押し付けてくる母と結婚という形で距離をとることができたが、また同じような夫と暮らすことになった。

臨床心理士の信田さよ子さんが言ったこと。

「嫌な思い出は忘れられないです。忘れなくてもいいんです。親を許さなくてもいいんです。」

この言葉で、救われた気持ちになったのは私だけではないはず。


嫌なことをされたり言われたりしたことは深く心に残っている。

夫も母も何もなかった風にして私に話しかけてくるが、言った本人は何とも思っていない。

「そんなことをいつまでも気にしているおまえの性格が悪い!」


昨年、あまりに次々と大変なことが起こるので、気功師を訪ねたら、母が私に何度も謝っていると言った。

娘とは生きている間に、隔たった距離を縮めて、普通な親娘の関係を築きたい。







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