連休を利用して娘が帰省していたが、昨日、夜、自分のアパートへ帰って行った。
夫も2日にはお姑さんのところから帰宅。娘とは1日だけだったが、子供がいると、なんとなく夫の機嫌が良い。
昨日は娘と一緒に少しの時間、納戸で片付けをした。
五十肩でまだまだ痛みが酷く、あれからなかなか進まなかったが、娘が何回かの引っ越しで、置いていったままの荷物は娘自身に見てもらって、大方片付いた。
処分しようにできなかった荷物だったので、娘本人に片付けてもらって良かった。
中学校や高校の友達とでとった山ほどのプリクラのアルバムなどは懐かしそうに見入っていたが、選別して本当に残したいものだけ、小さな箱に詰めていた。
高校時代の部活で全国大会に行ったことがある。
思い出がありすぎて私はその時の練習着やチームお揃いのバッグなどをずっと置いていたのだが、娘はあっさりと
「何でいるん?部活今からするわけじゃあるまいし」
と簡単に処分用の袋に入れていた。
(あああ~・・・)
と思ったが、本人がそう言って、私も母として気持ちが定まった。
「ねえ、あれ何?」
と言われて指差す先に、私が小学校からつけていた日記と一緒に収めていた小瓶を見つけた。
少しの間飾っておこうと置いていたものだった。中学校の時のものだと思う。
中には、小さなクリップや珈琲豆や、貝殻などが可愛い絵柄の小瓶に入っている。
小さな私の部屋に射し込む西陽がたくさんの小瓶を輝かせ、キラキラとした小瓶達が私の癒しとなっていたのだ。
「中学校の時に集めてたんよ」
そう娘に言うと
「怖っ!」
と言われた(>_<)
「中学生の時のものがあるのが怖いし、こんなもの眺めて喜んどったのも怖っ!
なん、友達おらんかったん?」
(友達ねえ・・・)
そう言われて少し戸惑った。いつも遊んでいた真理ちゃんは6年生の時に引っ越ししてしまったし、心にポッカリと穴が空いたようで、また、毒母の許可なくしては家に連れてくることもできないことで、めんどくさくなっていたかも知れない。
クラッシック音楽以外の歌は禁止。
今もどうやって過ごしていたのかあんまり思い出せない。
茶道部の集まりが楽しかったくらいだ。
「中学生の時に買ったものが今まであるのが怖いわ」
娘が続けて言った。
「お母さん、おこづかい少なかったからね、貯めて貯めて買ったから捨てられんかったのかもね」
私の子供時代にあまり良い思い出はない。
娘はどうだろうか
「シルバニアファミリーあったよね
でも、あれはあんまり遊ばんかったね」
シルバニアファミリーとは赤い屋根のおうちにキッチンやリビングを作り、小さなリスやクマさんを家族に見立てて、手作りで毛糸やパッチワークキルトなどでマットやカーテンを子供と母親とで作りあげていくようなままごと遊び。
ちょうどその頃は下の子供3人の世話で昼も夜もわからなかったような暮らし。
娘は黒マジックで窓やキッチンを書いていた。
殺風景なシルバニアファミリーの赤い屋根の家は無惨にも解体されて捨てられていたっけ。
「あんまり遊んであげんかったからね・・・」
「・・・・・」
今さら遅いとは思うけど、母としてできなかった娘との時間を取り戻したいと思う。
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