あすみとモラハラ夫との13000日

毒親育ち モラハラ夫 エッセイブログ

GWはどこも行かないモラハラ母のいた家


小学5年生の時に、盲腸になり、近くの外科医院に1週間ほど入院した。

同じ町内の、歩いて5分程の病院は、母の知り合いのところでもある。

病院の娘の朋子ちゃんは、目がぱっちりして色白で可愛らしい女の子。
真理ちゃんの同級生で、1、2度と病院の3階部分になっている住居にも遊びに行ったことがある。


私はこの時、入院したことで、とても嬉しかったことを今でも覚えている。

それは、母が、新しいパジャマを買ってきてくれたことだ。

パジャマくらいのことで・・・と思うかも知れないが、母は、余程のことがないと、私に物を買うことはなかったから、ほんとに嬉しかった。

それまで着て寝ていたパジャマの上着が短くて、いつもお腹が出て冷えていたのだ。
上着をパジャマのゴムのついたズボンに入れて寝ても、小さくなった上着が寝ている間に挟んでおいたズボンから出て、いつもお腹が出ていたのが嫌で嫌でしょうがなかった。

ズボンの丈も短かった。
全体的に小さかったから着るのも難しく、袖も短く、とにかく嫌だった。


ところが、盲腸になって知り合いの病院に入院することになったことで、やっと新しいパジャマを買ってもらえた。
病院の奥さんと知り合いで、病室に来た時に、お腹のところがはぐれたパジャマでは、母もカッコ悪いと思ったのだろう。


新しいパジャマは、身ごろが、赤と白の千鳥格子で、縁を広くとったサテンの白いチロリアンテープには、大きな苺が並んでいる襟元で同じ絵のテープがたっぷりしたズボンの裾にもついていて、温かくて、可愛くて、強烈な印象で頭の中に残っている。

もう少し大きくなると、母のお下がりのパジャマを着ていたんだと思うけど、この中途半端な時期では、まだ母の物は大き過ぎただろう。


私はいつも、誰かのお下がりを着ることが多く、だぼだぼしたものや、母のものなど特に、『おばさん』みたいな洋服が多く、思春期になると、それを指摘され、とても嫌だった。

自分が子育てをするようになってから、子供の着るものには、とても気を遣うようになったのは間違いない。

まず、袖やズボンの裾を折り曲げて着たりしないように体にピッタリ合ったもの。
今にも穴が空きそうな靴下ばかりだった私は、靴下だけは、ブランドのいい靴下ばかり買い揃えた。

娘の洋服は、ブランド洋服をよく買った。
ちゃんとした物を着せてもらえなかった反動と思うが、お姑や夫と同じで、それが愛情と勘違いしていたかも知れない。
仕方がない。

それより、娘には、一緒にお料理や手遊びなどするほうが余程良かったのかも知れないが、私自身そんな経験がないから、してもらってないことは子供にもできない。
残念で、反省すべきところ。叱ってばかりだった。

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それにしても、こんな風に家でじっとしているゴールデンウィークは子供の頃以来だ。

子供の頃、こんなに気候の良い長いお休みをどこにも出かけず、いつもと変わらない休日として過ごしていたなんて、自分の子供時代がかわいそうになる。

休み明けに学校へ行くと、学級のみんながあっちこっちに出かけたことをお喋りして盛り上がっていた輪に入れず、つまらなかった。

「どっか連れてって」

と両親にも何度となく言ってみたが、

「人が多いだけよ」

「休みは体を休めるためにあるんよ」

などと親の都合の良い言い訳と、最後にいつも

「辛抱しなさい」

で終わった。

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お出かけ好きの夫の家族のおかげで、ほんとにあちこち出かけた。
社会人や大学生になった子供たちも、それだけは満足していると思う。