あすみとモラハラ夫との13000日

毒親育ち モラハラ夫 エッセイブログ

離れて暮らす母を想う


お姑さんには、本当にお世話になった。

今は少し 認知が入っているが、昨年の秋にケアマネージャーをつけてから調子がいい。話をすると昔のままだ。良かった。


夫は結婚した当初から、お正月、お盆には必ず家族で帰省することに決めている。

「それしか親孝行ができないから」と言う。


母が元気だった時には、こちらに4.5日ゆっくり泊まってもらったこともあるが、ママ友にその事をいうと、
「よく、我慢できるね」
と、言われるが、お姑には、した3人の子供の産後のお手伝いもしてもらって、とても、とても感謝している。
足を向けては寝られない気持ちで、ゆっくりしてもらうのが4.5日では足らないくらいだ。


お姑にはご恩を感じていて、それはひとつやふたつではない。




今は少し交通の便も良くなったが、昔住んでいたところからは、帰省するのに、途中、新幹線を乗り換えて、5時間半かかった。

新婚2人だけなら、なんということもないが、子供が1人増える毎に、それは、おおごとになる。

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とにかく、子供を連れての移動がとても大変だった。
私は小さな子供をおんぶし、両手によちよち歩きの子供の手を引っ張り、夫は、大きなボストンバッグを肩から提げて、長女の手をつなぎ、チケットやなんかのことをする。

私は3人の子供を連れて、ただ、ただその後を小走りについていくだけ。
新幹線の駅の階段を昇り下りするだけで、夏の帰省はシャワーでも浴びたかのように汗びっしょりになった。

新幹線に乗ってしまえば、後は座るだけだったが、新幹線の中でも赤ちゃんが泣き出したりすると、また、あやすために席を立つ。

お姑がいつも、家族分の新幹線代を出して、チケットを予約し、送ってくれていた。
個室の時に本当に助かったが、すぐに完売になるのか、なかなか取れず、指定席券で帰っていた。
買う手間も省けた。

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ある夏、指定席が取れずに、自由席で帰省した時のこと。

いつものように、子供たちを連れて階段を乗り降り。
新幹線に乗り込むとどっと汗が溢れた。

自由席120パーセントの乗車率で、子供たちは通路に置いたボストンバッグの上に座らせ、私は赤ちゃんをだっこしたままだった。
通路を通ってトイレに行く人が、通路のボストンバッグの上に座らせた子供たちの所を通るのをためらったが、
「いいです いいです、またいでください」
と伝えた。


向こうから車掌さんが通路の人並みを避けながらやってきた。
やっと乗り込んだのに、座ることもできずに、吹き出す汗をタオルでぬぐっていた夫に、車掌さんが

「どこまで行かれますか?」

「○○です」

と、答えると、

「来てください」

と、後をついていくと所持していた鍵で扉を開けて

「ここをお使いください」

と、車掌室を開けてくださった。

車掌さんが、仮眠をとる部屋のようで、ソファーのような椅子が向かい合わせに置いてあった。
腰かけると子供が
「はぁぁ~」
と安堵のため息をついた。

「本当にありがとうございます」

何度も何度も御礼を伝えた。

人の恩を感じた瞬間だ。



1週間も帰省するとなると、なるべく荷物を少なくしようと思っても、段ボール箱3つはいつも荷造りして先に送ったような覚えがある。

前持って送ってもかまわないもの、ギリギリまでいるもの、それぞれの子供のものを考えて荷造りするだけでも、とても疲れた。


どうしてこんな大変な思いをして長い時間をかけて帰省しなければならないのだろうか・・・
交通費を出してもらうとは言え、それとは別に子供を遊びに連れて行ったり、食べさせたりと、お金は余分にかかってくるし、そんなことよりもいろんなところに神経を使ってとても疲れた。


「ねえ、絶対に帰省しないとだめなの?」

夫に聞いたことがある。
あんまり疲れた表情だったからか、少し考えていたようだった。

実母にも電話した。
「今回は帰るのやめようかと思う。お金もかかるし、疲れる」

「それは大変ね」・・・などと、言うわけはないとは思っていたが、
「まあ!幸司さんの会社って つまらない会社ね! 賞与ってそのために出てるんじゃないの?!孫の顔くらい見せに帰りなさい!」

と一方的にわめいてガチャンと電話を切った
。それで益々 疲れた。



「あすみさん、大変な思いをさせて申し訳ないけれど、帰ってきてちょうだい。新幹線代は出すから。佐藤さんのご両親も子供たちに会うのを楽しみにしてるんだから・・・」

新幹線代はいつもお姑さんがもってくれたというのもあって申し訳ない気持ちも持ちながら、その時もまた、帰省した。


帰省するとわかっていながら、実母は
「明日から海外旅行行くから留守するから、その前に来て」

と、言われた時には、驚きを通り越して呆れて、開いた口が塞がらなかった。

夫も、お姑ももう、いつものことと慣れたものだが、そんなおばあちゃんでも、一緒に食事をして会えるのを楽しみにしていた子供たちが可哀想でならなかった。



帰省した時にはお姑さんが、冬には温泉宿に、夏にはリゾートホテルと、それも全部お姑が費用を出して予約してくれていた。
お姑は自分が旅行が好きだからという理由もあるだろうけども、私達、家族に費やした愛情とお金は計り知れない。

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この度、はじめて別々に過ごすGWとなる。

「ごめんね、お母さん、こんな時期だからね、帰えれないんよ、またコロナが終息したら帰るからね」

「いいよいいよ、しょうがない、また帰ってきてね」

89才になるお姑。
私のお誕生日には必ず『体を大切にね、お誕生日おめでとう』の言葉を添えてカードと、プレゼントを送ってきてくれた。

この世に『母』と名のつく存在が、どんなものかを教えてくれたお姑。

母の日には『いつもありがとう』の言葉を添えてプレゼントを贈ろうと思う。