あすみとモラハラ夫との13000日

毒親育ち モラハラ夫 エッセイブログ

残された時間に気づいたモラハラ母


母が亡くなる何年か前に、急に100万ほどのお金を振り込んできた。
「あんたに何もしてあげんかったからね」
と、電話してきたのは父だった。


父は昔からお金のことは母任せ。
僅かなお小遣いをもらっても、貧乏育ちだった父はそれが普通と思う人だ。
自分が管理できるのは僅かなお金で、100万円がどのくらい価値があって何が買えるのかでさえ、たぶん父にはわからない。
なのに100万ものお金を振り込んできた裏には、母の策略と計算が見え隠れするのだった。

都合が悪いと必ず父を使う母。



「あんたに何もしてあげんかったからね」

「ほんとね!」

父に恨みはなかったが母に伝えてとばかりに、電話口で大きな声でそう答えた。

「あんたに何もしてあげんかったからね」と100万あげれば、私が涙をながして「ありがとう!」と言い、甲斐甲斐しく母の介護を喜んでするとでも思ったのだろうか・・・
この手の人間はお金さえ掴ませれば人の心を思い通りにできると勘違いしている。



後から聞いた叔母の話を頭の中で照らしあわせると、このころに兄が結婚しようと外人さんを連れてきた頃、つじつまが合う。
母の中では、兄の結婚は、どこに出しても恥ずかしくない、それ相当の人がきてくれるという青写真があっただろうから自分の考えたようには展開しなくなり焦ってきたにちがいない。

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「ありがと」などと言えば、調子にのる。
それに
「あれはあんたにあげたんじゃない」

「気が変わったから返して」
等々、今までも、何度 母の気分で落胆させられたから、また何を言い出すかわからない。

振り込まれたお金にはしばらく手をつけずに、様子を見ることにした。


また、しばらくすると、

「お父さんがね、あんた達に心配をかけんようにってお墓を建てたからね」

と母から電話がかかってきた。

意味がわからなかった。
(心配かけんように)とはどういうことだろう。

お墓って、後にお墓を掃除したり、お墓をまもる人がいないと墓じまいにお金がかかったりして大変と聞いたことがある。
そのために、子供と相談して決めるというが・・・

私は家を出た人間だから、余程のことがない限り、実家のお墓に入ることもないし、墓守をすることもないと思うのに、
(心配かけんように)とはどういうことだろう。

何の相談も無しでお墓を建てたら、お寺のお布施や何か心配事が増えるだけではなかろうか・・・

「誰が見るのよ」

夫がそう言った。


お正月やお盆に実家に帰っても、ほとんど兄とは何も喋らずに、「帰るから」というと、合わせるようにいなくなった人だ。

あまり家に寄り付かなくなったその頃に、母は慌ててお墓を建てたのだ。

亡くなってからお墓にお骨を納めに行った時に初めて見たお墓は周りのそれよりもひときわ大きく立派で、母はこのお墓にどれ程のお金をかけたのだろうかと思った。
それは、出ていった兄が戻ってきてくれるのではないかと、そんな思いを託していたかのように思えた。


山の上を切り開いた墓地は、遠くに碧い海が見えて通り抜ける風で夏でも涼しかった。
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兄が籍を抜いて他人となったからには、このお墓は私が見なければならないのだ。
なんとなくそうなりつつある。


まだ足腰も悪くはなく、山坂もギリギリ大丈夫だけれども、私が歳をとってお墓参りができなくなったらこのお墓はどうなるのだろうと・・・



心配事がひとつ増えた。