あすみとモラハラ夫との13000日

毒親育ち モラハラ夫 エッセイブログ

モラハラ母と歩んだ林さんという女性


母と林さんとは親子のように仲が良かった。

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でも、母が亡くなる前には、電話も繋がらなかった。
兄が着信拒否をしていたように・・・

あれだけ仲が良かったのに、余程のことがあったにちがいないと、想像に難くなかった。

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自己愛性人格障害の人は、大事なのは自分だけ。(あの時とてもお世話になった)とか、(助けてもらったから)という、人の御恩が理解できない。

それどころか自分に忠誠心を持つのは当たり前と思っている。

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こちらが親切心でしたことを当たり前と思い、『この人はつかえる』と思ったらそれ以上のことを要求するようになる。
これでもか、これでもかと、ハードルをあげていき、達成しても、「それがどうかした?」「そんな約束してないけど」と平気で約束を破る人種だ。
あり得ない大どんでん返しを強いてくる。

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帰省した折りに林さんと会ったときだった。

帰り際に母が、御中元でもらっていた、お素麺や果物やビールの箱を林さんに持たせていた。

「うちはお酒は飲まんから持って帰り」

林さんは私の顔を見ながら申し訳なさそうにしていた。

「せっかく帰ってきてるのにあすみちゃんに持って帰ってもらった方が・・・」

そう言いかけて、

「いいよ、いいよ、持って帰り」

と、母は何やかやずっと林さんに惜しげもなくあげていたんだと思う。

林さんが、帰った後に

「ビールとかもらってるんだったら、こっちに送ってくれたら助かるのに・・・」

わざわざお金を使って帰ってきてるのに・・・そんな気持ちになって母にいうと、

「あんたに送ったら送り賃がかかって損するわ!」
不用品は容赦なく送りつけてくる。

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そんな風に長く林さんとお付き合いする中で、いろいろな物を林さんに惜しげもなくあげて自分という人間を安心させていたのだろう。


私にはよくわかっていた。

母は転けてただで起きる人ではない。側にいた人のスカートを引っ張って転倒させ、
「この人のせいで転けた!」
と平気で言う人だ。


いつも自分に被害が及ぶと責任を他人に押し付けてきた。
親子でもそうだ。
大事なのはいつも自分。あれだけたくさんいたお友だちも、ひとり去り、またひとりと母から離れて行ったのは、何を背負わされるかわからない、そんな母の本性に気がついたからだ。


あの布団の箱で倉庫みたいになっていた部屋から何にもなくなっていたのは、林さんに押し付けたに違いない。


自分が病気で急に立ち上がれなくなった時には、いち早く駆けつけて、まだ自分にも小さな子供達の世話があるのに、母を病院に連れ添って介助したりしたと聞いた。
林さんも母にはよくしてもらったかも知れないが、それ以上に彼女は母を助けたはずだ。



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母の遺品整理で、クローゼットにパンパンに入っていたたくさんの洋服の中には、まだ値札がついたままの物もあり、イタリア製の生地の白にところどころ鮮やかな花の模様が入ったデニムのジャケットなどは、私好みで、母は私から「欲しい」と言うのを待って、クローゼットにずっとしまっておいたのかも知れないと思った。


そんなセットアップものや、私達世代が学校に着ていけそうなものも数点でてきて、私は母が迷惑をかけただろうなとせめてもの罪滅ぼしにと林さんに送ることにした。

その前に不要だったらいけないと、ちょっと林さんに聞いてみようと電話を1本かけてみた。

林さんは私からの電話を喜んでくれて、懐かしそうにお喋りをした。

「迷惑かけたでしょう」

そんな私の問いかけに林さんは笑いながら

「お母さんは自分が大好きだったもんね(笑)」


それを聞いただけでも、母が我が儘放題で、どれだけ林さんに迷惑をかけたかが想像がついた。

『あの在庫の布団を押し付けた』
それは私の想像。
林さんは母の悪口は一切言わなかった。

お互いに大きくなった子供さんのことや親のことなど話した後に、私は笑いながら伝えた。

「林さんだからもう言うけど、母みたいには絶対なりたくないわあ~(笑)」


林さんも電話の向こうで大笑いして

「それがわかっただけでも良かったね(笑)」


二十歳くらいからずっと母の傍にいた林さんの人生の半分以上を占めていた母。
これが亡くなった母を表す言葉としたならば、何と哀しく無駄な人生を背負わせたのだろうと同じ女性として物悲しくなるのだった。