あすみとモラハラ夫との13000日

毒親育ち モラハラ夫 エッセイブログ

モラハラ母にとって私は搾取子


それにしても、『特注品よ!』と母が言う和箪笥が届いても、中身の着物類がなかなか届かなかった。

空の引き出しに、夫や私の物を入れていたが、なんとなく、お姑の言った事が気になりだした。



「マンションで広くなることだし、あすみさん、実家に置いたままの着物やなんか、こちらに持ってらっしゃい。あすみさんはもう、佐藤じゃなくて小川の人間なのよ。大事なものは大事なものを扱うように子供にも今から教えていかなきゃあいけないんだから」

娘もいる。

実母からは何も教わらなかった嫁入り道具のことを、娘も同じように、誰かに毒でも吐かれたらかわいそうになる。



着物を着られるようになったら、送ってきそうだ。
今まで、あまり興味はなかったが、ずっと部活で茶道もしてきたことだし、子供の手が離れたら、そういうこともあるかも知れないと、出稽古をしてくれる先生を探して、着付けのお稽古を始めることにした。


「着付けのお稽古をすることにしたから着物を送ってくれない?」
そう、母に電話した時も「はあんー?」とめんどくさそうだったけど、最小限の物を送ってもらい、マンションのお友達が、傍らでお稽古を見がてら、子供のめんどうも見てくれて私は着付けの稽古を始めた。
先生は美しい人で、着物がとてもよく似合った。
毎回、違う着物を着てきてくれて、「ああ、素敵~」と、子育てに明け暮れる毎日で、非日常な時間はとても癒される時間となった。



このマンションでつながった友達は、30年たった今でも、家族で何度か遊びに来てくれたりして、繋がりがある。
子供を交えて、葡萄狩りや、アミューズメントパークや、夏は泳ぎに行ったり・・・

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もう、みんな社会人や大学生となったが、大きくなってからは、青春18きっぷで、1人でやってきたりで、思い出すと本当に懐かしくなる。






半年もすると、なんなく着物も着られるようになったので、
「着物着られるようになったから、私の着物はこっちに送ってくれない?」

母のその返事にびっくりした。

「何で、あすみが、着物着られるようになったからって着物を送ってやらんといかんの!」

「着物着られたら送ってやるって言ったじゃん」

「今、子供が小さくて着物なんか、着る時ないわよ
子育てちゃんとしなさい!」


いつも、母は、欲しいものをつかんだら手を伸ばして
『とれるものならとってみな!』
とばかりに、目の前で、欲しいものをちらつかせ、とれないときの悔しがる顔を楽しんでいるかのようだった。


昔からそうだ。
『通知表が良かったら○○連れてってあげるよ』
『ええ!ほんとに!』

そう、期待させておいて、頑張って、成績をあげても
『勉強するのは当たり前のことでしょ』

と、何事もなかったように振る舞う。

いつしか、期待するだけ損と思うようになる。そんなことの繰り返しで、不平不満を言ってはならない、辛抱する、また物事にだんだんと無気力になっていった。



何も言わなくなったら送ってくるだろうと、ほっておいたら、あるときドサッと着物が送られてきた。

開けてみたら、若い時に母が着ていたものばかりで、あの時に母から「お母さんが半分払うから」と買った筈の何枚かの着物や帯がなかった。



これだけの着物を送ってきて、実家の和箪笥は片付いただろうなあと、今度、帰省した時に実家の和箪笥をこっそり見てみようと考えた。

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父が定年した退職金を元手に家でサロン風のお洋服や輸入品のお店をはじめたちょうどその頃。

どんなだろ、と思っていたお店は、義母からも
「それが繁盛してるのよ」

と聞いた。

帰省で帰ると、
「あらあすみちゃん、すっかりお母さんになったわねえ」と
誰かかれか知った顔がお店を訪ねていて、母はとても楽しそうだった。

それに、帰省の度に、家の中を増改築し、最新の家電製品が買い換えられ、お庭も造り変えられ、なんかすごかった。

あっちの部屋でワイワイガヤガヤしてるうちに、私の着物をもらって帰ろうと、クローゼットを開けると、作り付けの和タンスに綺麗にリフォームされていた。

あの時、ドサッと送ってきたのは、ここのリフォームをするためだったんだと知った。

引き出しを開けると、綺麗なたとう紙がきちんと整理されてあったが、自分のを持ち帰ろうとたとう紙を開くと、新しく誂えた見たことのない着物ばかり。
これを入れるために、母は古い着物を送ってきたんだと思った。

「全部、あすみの物になるのよ!」

結婚する前に何度も聞いた言葉。

昔から洋服はお正月前に祖母が買う服の他は、ほとんどが、兄や母のお古で、母が1度袖を通したものが私の衣類。
(そういうもの)という根強い観念のようなものが植え付けられていたから、疑問も持たなかったのかも知れない。

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その年が明けてからのお正月。

美しい先生みたいに着物をさらりと着て出かけてみたいなあと、母の着物を着ていい気分になっていたのだが・・・

「それは誰の着物なの?」

義母が着物を見て尋ねた。

「母が送ってきた着物なんですよ、着られるようになったからぁ」

「・・・でしょうね、似合わないもの」



義母は決して嫌みで言ったわけではない。そんなことは百も承知の上。

実母が私にくれるものは、1度手を通したもの、1度使って、使い勝手が悪かったもの、そんなものばかり。
「気にいらない」と言えば
「2度とやらない!」

と、来るから我慢しなければならなくなる。


それを聞いて
(やっぱりそうか)と思う。

新しい着物を自分用に誂えるんだったら、1枚でいいから、私に似合うものを作ってくれたらいいのに・・・

母にとって私は『搾取子』
毒親が「愛玩子」と「搾取子」をつくる心理とは | モラハラ離婚ナビ


言っても無駄。




結婚すると決まったわけでもないのに、和タンスからは兄の最高級の大島紬の誂え品が出てきた。