「その人はあすみさんと結婚したいと思ってるんですか?」
高級な和食料理店のカウンター席に2人並んで座り、「結婚しましょう」と言われた時に、丁重にお断りした。
最初からその気はない。
『いい人』とは思ったが、なんかそういう感情は起きなかった。
もともと仕組まれたお見合いで、断ったのに親に無理やり言われて、仲に立ってくださった方の顔を一応たてるために会っただけのこと。
悪いと思ったが、そうはっきりと伝えた。
それに、私には留学という夢があり、今、その夢と同じくらい心を占めている北川くんの存在も伝えた。
「ごめんなさいね」
と伝えてさっさと帰るつもりだったし、そんな失礼なことをする女に腹をたてて帰るだろう・・・そう思っていたら、この質問。
結婚などできるはずがない。
だって相手は今からまだ大学院まで行って勉強したいと言ってる学生の身。
「聞いたことありません。そんなこと」
「僕はあすみさんと結婚したいと思ってます。直接その人にあって話をしましょう。」
なんと強引な人だろうか、その人に結婚する気がないからと言って、何でその気もないお見合い相手と結婚しなければならないのだろう。
あまりに強引でびっくりした。
大事なのは、私の気持ち。
私の胸いっぱいに占めている北川くん、彼の心に私の存在はどのくらい占めているのだろう。
いや、北川くんの気持ちなどどうでもいい。私が北川くんをどう思っているか・・・
院にいくために引っ越しして、最近は住居の近くの教会に行っていると聞いた。
電話で世間話をするだけの間柄。
「好きなんです」
そんなこと伝えなくても、もう十分に彼には伝わっている
この間、北川くんからかかってきた電話で伝えた。
「お見合いをしたの・・・」
「え・・・」
沈黙が続いた。
やっぱり自分の気持ちをちゃんとあって確かめて来よう。
年末休暇で帰ってきているお見合い相手には会わずに、私は新幹線に乗って北川くんに会いに行った。
日曜日の礼拝に出ているはず・・・。
北川くんに聞いていた教会を訪ねた。が・・・北川くんは礼拝に来てなかった。
(どうしたんだろうか・・・)
礼拝が終わった後に公衆電話ボックスからアパートに電話を入れた。
「ああ~今日起き上がれんかった~来てるの?迎えにいくよ 駅まで」
私鉄の駅からすぐのアパート。
眠たそうに髪をかきかき、北川くんは現れた。
「昨日遅かったんだよね~研究で・・・」
「ごめんね、突然来て・・・」
「いや・・・」
北川くんの後ろをついていく。背の高い後ろ姿を見ながら(好きだなあ~)と思った。
「どうぞ」
古くはなかったが小さなアパート。
私は教会で会えるものと信じて来たので、なんか拍子抜けした。
靴を脱ぐと、上がり口のところでへたりこむように座った。
「コーヒー飲む?」
「うん」
カップに熱いお湯が注がれると、インスタントコーヒーの匂いが甘く漂った。
コーヒーカップの縁から立ち上る湯気の向こうに、何が写っているんだろう・・・
白い壁に写真が2枚 無造作に貼られている。
視線の先に気づいた北川くんは、バツが悪かったのか、「ああ」と一言だけ呟いた。
何の景色だろうと見ていた写真は彼女と2人で写った写真。
立ち上がって近寄ればはっきり見えただろうに、高校生からずっと付き合っているという彼女の姿、形。
はっきりとわかると私の中に残像として残るだろう。
あまりに酷だ・・・だからあえて見なかった。
やっぱり北川くんが好き・・・
北川くんが彼女を好きでも私はかまわない。
今のこの気持ちを大切に持ち続けたい。
暫くして駅まで送ってくれた。
電車がやってきた。
「私、やっぱり、北川くんのことが好き。」
そういうと彼は頷いて
「頑張れよ、みんな孤独と戦ってるんだ」
バイバイと手を振って納得して別れた後に、彼が言った「孤独と戦ってるんだ」という言葉が妙に引っかかった。