あすみとモラハラ夫との卒婚生活

モラハラ夫  卒婚生活 カサンドラ

理想の暮らし 楽に生きる


4月から息子の勤務地が遠方になってから、帰宅時間が遅くなったり、晩御飯がいらなかったり。

すごく疲れて帰ってくるので、心配になりますが、考えてみると、私も金融OLの頃は残業、残業で過酷な日々を送ってました。

自宅通勤でしたが、帰ったら帰ったで、洗い桶には夕飯の後の洗い物や鍋が山盛りで、それを見て、更に疲れてましたね。


生まれた実家でも、搾取されるお手伝いさんのような生活、結婚したらしたで、使用人のような生活。

自分の家なのに、くつろげる場所がなく、実家では逃げるように基督教会へ、今は逃げるようにアパートへ。


どうしてこうなるんでしょうね

実家では毒母に絶対服従、自宅では夫に絶対服従。

顔色を窺いながらいつもご機嫌にしておかなければ、どんな毒矢が飛んでくるかわからないような暮らしでした。

それでも当時は、育ててもらっている親のことを悪く言うと『親不孝者』とレッテルを貼られた時代でした。

でもやっぱり、私の母は人格的に問題があったんだと思います。


裕福な幼少時代に、戦時下、廻船問屋を営んでいた家が焼失、父親も戦死して、生活のために働かなくてはならなくなった母は、どうすれば、他人が自分の言うことを聞くようになるのか、どうすれば、お金を手に入れることができるのか、社交術と錬金術を若い時に変に身につけてしまったのかも知れません。

本当なら、年相応に身につくはずの情緒も、生きるためだけの人間関係が最優先となったために、人の気持ちがわからなくなったのかも知れません。

いつも最優先は自分の気持ちの母でした。


今は仏様になって、次元の違うところに行ってしまい、現生で過ごした母親とはちょっと違う風に感じています。

残した父や、お葬式にも顔を見せなかった兄のこと、そして私のことを気にかけている様子です。


モラハラを受けながらも『何としてでも夫と添い遂げなければ』という使命感で暮らしていた私。

夫と娘で観光で訪れた神社でおみくじを引くと【凶】が出たり、お正月明けから骨折や歯が次々折れたり割れたりして・・・。

なんかの祟りかと思って家の中の断捨離をはじめたのですが、今考えると、身体に障りを起こすことで、私に夫と離れて暮らすことを気づかせてくれたのかも知れないと思っています。


夫と離れてとにかく気持ちも身体も楽になりました。

夫も母も誰かにストレスをぶつけることで、自分を保っていたのかも知れません。

夫も母も私に依存していたということです。


依存していたのは、私も一緒です。

そうやって顔色を窺い、一生懸命ご機嫌を取ることで、家にいることができる。

(私さえ我慢すればうまくいく)

(ここを辛抱すればうまくいく)

そんなことばかり考えて過ごしてました。


高校からの友人、ゆみ子には2つ下の妹さんがいて、今も自営業を営んでいるお母さんのお手伝いをしています。

「無駄な人間関係、嫌な集まりなんか無理に行かなくてもいいのよ、そんなの疲れる」

昔からずっと営んでいる自営業で地元では、知らない人はいない。

本来の目的以外で親しくしてくる他人様もたくさん見てきて、彼女も疲れているようでした。

「自分の好きなことして、のんびり暮らしたい」

ゆみ子の家は、それぞれが思いやりをもちながら家族を大事に暮らしているんだなあと思いました。

今も帰る実家があり、そこに行けばみんなに会える。

そんな家や家族の在り方が理想でしたけど、難しいものなんですね





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