あすみとモラハラ夫との卒婚生活

モラハラ夫  卒婚生活 カサンドラ

あれから2ヶ月


92歳の父親が圧迫骨折してちょうど2ヶ月。

病院に連れてって来ました。

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たいていのことは我慢して乗り越えてきた父が、顔を歪めて痛がる姿を見て、尋常じゃないと病院に連れて行ったのが2ヶ月前。

「骨折してますね」

と医者に言われて「ええっ!」と、思わず掲げられたレントゲン写真を覗き込むように見た私でした。

素人の私でも、はっきりとわかる骨折の写真。

今まで毎日のように歩いて買い物に行っていた父が、寝返りを打つのにも呻き声を出して、このまま歩けなくなり、認知症になってしまうんじゃないかとどっと不安が襲いました。

 

いつまでも元気な父と、私は父に甘えていたのかも知れません。

こんなことがありました。

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 綺麗好きな父が思うように掃除できなかったのは、骨折はもう少し前からだったかも知れないと思いました。


買い物に出かけられなくなった父に代わり、毎日仕事が終わってすぐに晩御飯を届けるようになりました。

お薬カレンダーの薬はちゃんと飲んでいるか、壁のカレンダーに毎日の日付のレ点が入っているか、お昼ご飯はちゃんと食べているか、お水はちゃんと飲んでいるか等々。

ケアマネージャーさんに言われて、ベッドのマットを変えに行った時、

「暑いよここ」

息子がいち早く部屋のエアコンがついてないことに気がつきました。

昭和一桁の父はすぐにエアコンのスィッチを切るのです。

この時、父の様子が明らかにおかしかったのです。

朦朧として、受け答えができず、お薬カレンダーの薬を見ると、3回に分けて飲む強い薬を1度に飲み、朝も昼も食事をしていなかったのです。

どうしようと思いました。


仕事してなかったら、朝も昼も晩も父のマンションに行って様子を見ることができますが、そういう訳にも行きません。

朝、電話、昼、電話、夕方には晩御飯を持って行きました。

お風呂から上がる時間を見計らって夜、電話をしました。

繋がらないと心配になって、夜11時にマンションに行き、生存確認にも行きました。


苦労した父、母の言いなりで、僅かなおこづかいで人との付き合いも少なくしていた父、長男には縁を切られて、今こそ、「幸せじゃ」と思いながら過ごしてもらいたいのに・・・。

私にできることは、毎日晩御飯を持って行って喋ることくらい。


それもアパート暮らしじゃなかったらできなかったかも。


2ヶ月経ってドクターが

「元気になって良かったですね、骨も繋がってますよ、歩く早さも早くなって」

と励ましてくれました。

本当に良かった。


それと、今日は、父が尻込みしていかなかったデイサービスも見学してきました。

なかなか中にも入りませんでしたが、たくさんのお年寄りもいて、清潔感のある広いスペースで、見学してすっかり気に入ったようでした。


まずは体験からはじめて、私以外の話相手ができるといいなあと思います。


 

 

 

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