あすみとモラハラ夫との卒婚生活

モラハラ夫  卒婚生活 カサンドラ

気になった息子の発言 親子編


息子が言った気になった発言の続き。

もうひとつは、

「お父さんと一緒に遊びにきたら?」

と言ったこと。

就職も決まり、単位もフル単で取れて、後は卒業を待つばかり。

バイトもコロナ禍で行ったり行かなかったりで、年明けそうそう自宅に戻ることに決めたみたいだ。

「こっちにいてもすることないし、お金もかかるしね」

仕送りもあと2回、家賃はあと3回。

4人に注いできた仕送りも、いよいよ終わりを迎えるのだと思うと、ホッと肩の荷が降りるような、親の役目が終わって老けこんで行くような変な気持ちになった。

 

この息子の大学受験の顛末についてはまた、記事にしようかなと考えているが、長くなりそうなので、いつになるかはわからない。

今日は、この顛末の末に、ぎくしゃくした夫と息子のこと。

 

受験の顛末なしで、なかなか伝えづらいが、とにかく、合格をもらうまでは2人はひとつ屋根の下、険悪な雰囲気になっていたのだ。

ピリピリして一切喋らない。

この状況下で、毎日働き、2人に時間差でご飯を食べさせていた。

夫が1階にいれば、息子は2階にあがり、夫が2階に上がれば、息子が降りてくる、そんな暮らしだった。

 

合格の知らせが届いた時、夫はたまたま帰省していて電話をかけると、電話の向こうでお姑や義姉と大喜びしていた。

帰省先から戻った時には、雪解けしたみたいに、和やかに喋って、ピリピリと張り詰めた空気が、無くなりホッとした。

 

2月にアパートを決め、3月末に引っ越しをしたが、夫が息子のところに出かけたのはこの5年間でその2回だけ。

 

私はやっと子供の手が離れて、箍が外れたように娘も誘って何度も、遊びに出かけた。

受験勉強していた時の、夫と息子の険悪な様子をずっと側で見てきた私は、夫と一緒に行こうなどとはつゆ程も思わなかった。

それはアパート探しの時。

いよいよ契約書の保証人のところにサインというときに、収入見込みを書く欄で、ペンを手にしていた夫が不動産会社の若い女性に尋ねた時だった。

「私は昨年末に退職して、今年は年収見込みがないのですが、その場合はどう書けばいいですか?」

不動産会社の若い娘も、もっと言い方を考えればいいものを、

「収入が無ければ保証人にはなれません。

奥さんに書いてもらってください」

このにべもない言い方に、頭から湯気が立ち昇り、怒りマックスになる様子が見てとれた。

「なんだっ!失敬なっ!」

何かひと言言ってやりたいと言うような態度だったが、すぐににっこり笑って割って入った。

「はい、はい、私が書きますよ」

後ろからブツブツブツブツ言っていたが、夫といると、この瞬間湯沸かし器みたいな事が、しょっちゅうあるのだ。 

不動産会社の若い女性の言い方も悪い。

 

本来なら一家の主である夫、今から私立大学の学費や家賃、仕送りをするのも、主に夫であったのに、まるで無収入の遊び人みたいな扱いだったことに腹を立てたのだ。

無理もないが、不動産会社には、他にもお客さんがいる。

息子が(またか・・・)と目で合図を送ってきた。

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この日は、大きな天満宮で梅祭りをやっているとかで、3人で出かけてみた。

コロナ禍の今では想像できないくらい人が、ごった返していて、何かひとつ買うにも並ばないと買えないくらいで、夫はこの

『並ぶ』がだめだった。待てない性格と知っていたので、もう別行動しようと言うことになった。

「お父さん、こんなのだめやもんね、待てんからね」

息子はよくわかっていた。

 

3月、いよいよアパートへ入居の時。

陽射しはとても3月とは思えないくらい強い春の陽射しで帽子を持ってくれば良かったと思ったくらいだ。

小一時間くらいで、引っ越しが終わり、3人で、観光地を巡った。

春休みとあって、どこも人、人、人で賑やかだった。

 

地元にはJR駅がひとつしかないから迷うこともないが、田舎者あるあるで、JRや私鉄や地下鉄など同じ名前の駅でもちょっとずつ違って、目的地から離れたところに降りてしまい、とても困った。

3人とも、どっちの方向に歩いて行けばよいかわからず、道路沿いにあったコンビニの店員さんにどのくらいかかるか聞いてみた。

「この道をまっすぐ歩いて15分か、20分くらいですかね」

というので、3人で歩き始めたが、陽射しが燦々と降り注ぎ、観光客の中には半袖の人もいて、このまま、帽子も被らず、日傘もなくどなくらいかかるかわからない目的地まで歩くのに、自信がなかった。

「タクシー乗ろう、どのくらい歩いたらいいか、わからんし、時間がないからさ」

暑かったというのもあったのか、夫はいきなり怒号が始まった。

「なんだっ!すぐそこなのに、タクシーとか勿体ない!」

「いや、暑いし、日傘ないし・・・」

そう言った時には、私は右手を掲げてタクシーを止めていた。

「本当にもったいないことをするなあ!」

タクシーの季節はずれの冷房にホッとしたほどだ。車の中でもブツブツ言っていたが、

このタクシーの選択は正しかった。

コンビニ店員さんの言う、歩いて15分とはいったいどこのことを言っていたのだろう、と思うくらいに、そこは遠かった。

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タクシー代¥1600ほど払っただろうか。

もし、あのままずっと歩き続けていたら、目的地に着いた時には、帰らなければならなくなっただろう。

「タクシー正解だったね、遠かったよ」

夫は不機嫌だった。

 

自分の意見が通らないと不機嫌になって怒鳴る夫と、誰が一緒に旅行したいと思うだろう。

それでも

「お父さんと一緒に遊びに来たら?」

と、誘ってくれた息子からは、この人生で最高の5年間を支えてくれたのは、お父さんがいたからだと心から感謝している気持ちが伝わってきた。

 

その通りだと少し反省した。

私は何度も息子の所に出かけたが、一度も夫を誘ったことはない。

アパートを引き上げる時くらいは、楽しかった人生最高の時代を息子と夫で分かち合う時間が与えられても、それは他の誰も咎めることではないだろう。

娘とその様子を見届けて来ようと思う。

 

 

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