あすみとモラハラ夫との卒婚生活

モラハラ夫  卒婚生活 カサンドラ

【定年オヤジ改造計画】


夕方、車を走らせていたら、時折、耳に入ってくるセリフが面白くて、信号待ちの時には、切り替わる画面を食い入るように見てしまった。

郷ひろみの【定年オヤジ改造計画】

午後4時からだったみたいで、再放送のようだった。

最初からちゃんと見れば良かったなあ~

 

昭和の化石みたいなおやじを郷ひろみさんが演じていた。

スタイル良くて、こんなお洒落なおじいさんなんか、いるわけないと思いながら見たが、どこの家にもありがちな定年後のオヤジを上手く演じていて、周りのキャスティングも良く、引き込まれた。

 

うちのモラハラ夫にも重なるところはあったが、郷ひろみ扮する夫と、奥さん役の伊藤蘭さんとの関係がそれと違うのは、関係性が主従関係ではないということだ。

 

話しをするのに、急に激高することもないし、料理に文句をつけることもない。

「今までありがとう、とても美味しかったよ」

と伊藤蘭扮する奥さんに伝えるところは、涙がでそうだった。

奥さんはとても尊重されている。

 

優しい事を言ったり、私の好きなスィーツを買っておいてくれたりするのに、

婚姻費用分担調停を「取り下げろっ!」

と怒鳴って電話をかけてきたりする。

相当怒ってるとビクビクしていたら、怒鳴ったことを忘れているのか、覚えていないのか、穏やかな夫に戻っているので、何が何かわからなくなって混乱してしまう。

私が訴えたことや、伝えたいことは、その瞬間に破壊されてしまうのだ。

夫婦間の問題があったにせよ、口を開いた瞬間に、何もなかったことにされてしまう。

 

被害者である奥さんは、恐ろしい形相を見たくないばかりに、(ここを我慢したら・・・)(ここを超えたら・・・)と、自分の心に蓋をして丸く収めることに尽力するが、そもそも相手は最初から何の問題もないと思ってるので、何の解決にもならないし、何も積み上げられないまま、年月だけ過ぎてしまうのだ。

 

モラハラ人間には共感性が備わっていない。脳が自分のことしかわからないような構造になっている。

眼の前の相手が違う意見を言おうものなら、脳が敵とみなし、攻撃してくるのだ。

 

じいじに扮する郷ひろみが息子に

「もし、奥さんが亡くなったら、子供達の世話は誰がするんだ」

と諭す場面に

「代わりにしてくれる人を探すよ」

「おまえがするんだっ」

と紙おむつを渡す場面は小気味良かった。

 

我がモラハラ夫も同じことを言っていた。

昔見ていたテレビ番組で、奥さんに癌で先立たれ、残った父親が3人の子育てをしながら、仕事をしているというものだった。

子供から「お父さん、もしお母さんが死んだらどうする?」の問いかけに、

「誰が料理や洗濯をするんだよっ!」

すぐに代わりを見つけるよと言いたかったんだろう。

奥さんは身の回りの世話をするテイいい家政婦くらいにしか思ってないと言うことだろう。

そうなんだろうなと感じていたから、何も思わなかったが、それを聞いた4人の子供達は何と思っただろうか。

 

特にファンでもないけど、頑張って努力を重ねている郷ひろみさんを応援したい気持ちになった。

 

今日はママ友とランチに行き、紅葉を見に行った。

お天気も良くて風もなく穏やかで行楽日和だった。

美味しい物を食べて、綺麗な景色を見て、たくさん、おしゃべりしてたくさん笑おう。

きっと開ける!

 

 

 

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