あすみとモラハラ夫との卒婚生活

モラハラ夫  卒婚生活 カサンドラ

おまえは能が無い


今の仕事をハローワークで見つけたのは52歳でした。

「早く働かないと僕たちの老後はないよっ!」

とモラハラ夫にそう急かされて、急いで仕事探しを始めました。

 

前の年に夫は高級外車を買いました。

「そんなお金があるんなら、学費に回してほしい〜」

と、笑いながら冗談ぽく伝えた時には、

「大丈夫、大丈夫、家計には負担をかけないから」

と夫も笑って言いました。

 

夫には自社株などあったので、そんなお金で外車を買ったんだと思います。

ブランドものとかにも興味はなく、着るものも、次々買う割にはクオリティはどうでも良かったみたいで、高いものは買いませんでした。

そんな夫が外車を買いたいと言い出した時にはびっくりしましたが、幼い頃に遊びにきた羽振りの良い親戚の叔父さん達が、家の前に高級外車を横付けするのを、小さい頃から(かっこいいなあ~)と憧れを抱きながら見ていたそうで、車が届いた時にはとっても嬉しそうでした。長く働いたご褒美がこんな形でも良かったかなと思いました。

 

その翌年、私は仕事探しに奔走しました。

そして2015年から働きはじめました。

主な仕事は、早く行って倉庫の鍵をあけること。カートなど出し、精算レジの準備などの開店準備が主な仕事です。

 

50歳過ぎての仕事探しは、とてもとても大変でした。

まず、50歳からの正社員の募集は、ほとんどが清掃か、介護でしたね。

私は椎間板ヘルニアの持病があったので、どちらも二の足を踏んでしまう仕事でした。

「介護か、掃除くらいしかないんだけど〜」

そういうと

「何でもいいからするんだよっ!選んでる暇はないんだよっ!」

 

たまたま募集があった今の仕事は8年めになりました。

本当に有り難いことです。

 

この時、面接から採用の返事をもらうまで、4.5日くらいあったんじゃないかと思いますが、返事が待ち遠しかったことを覚えています。

 

「そこが駄目ならもう、お前を使ってくれるところは無いな、お前にはな〜んにも無いからな」

 

長く子育てしかして来なかった私に確かに何のスキルも無かったのです。

 

早く出社しなければならないのが、小さい子供さんがいる家庭では難しく、家が近かったことが良かったのでしょう。

正社員として採用になった時にはとても嬉しかったです。

 

そして採用された翌年に母が亡くなり遺産が入った年に、夫は定年を前にあっさり会社を止めてしまいました。

役職定年していたとはいえ、収入が良かったので、ちゃんと定年まで働いていたら、私が派遣社員として働いた6年分の収入はゆうに貰えたはずでした。

 

私が思い描いていた豊かな老後は、夫といるとどんどん苦しくなるばかりで、少しも楽になりませんでした。

 

末の息子が大学に入学して少し時間ができ、触れるようになったパソコンでたまたま検索したのが【モラルハラスメント】でした。

衝撃と共に安心もしました。

 

夫からはいつも

「おまえはおかしい」

「大丈夫?」

「能がない」

と言われていたからです。

採用になった仕事も、夫は自分の嘱託の仕事がどんなに大変かを訴えました。

「お前は鍵を開けるくらいの能しかないだろう、あんたの仕事とは違うんだっ」

 

酷いでしょ。

こんなこと言うのも全然平気。

反抗して言い返すとマシンガンの如く言い返されます。

笑って流すだけです。

本気になって怒ってはだめなんです。怒って言い返すと何倍にもなって返ってきます。

夫にとって私は【奥さん】という名の使用人だからです。

だからいつも言われっぱなし。

今日は子供さんのことでお休みの人が多く、いつもは入らない事務作業に付きましたが、日ごろやって無い場所で、忙しいからお手伝いで入ったのに、何か足をひっぱったり、余計な手間をかけたりして、ちょっと落ち込んでしまいました。

 

「おまえは能が無いんだよっ!」

という夫の言葉を思い出してしまいました。

 

でももう洗脳は解けています。

次するときに間違わないようにすれば良い事です。

 

私は能無しなんかじゃない!

 

 

 

 

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