あすみとモラハラ夫との卒婚生活

モラハラ夫  卒婚生活 カサンドラ

同僚に聞いた過酷な老後の話


職場はほとんどが私より7.8才年下で、娘のような年周りのの人と一緒に仕事をしている。

そんな中で、ひとりだけ世代が一緒の同僚。

ひとつ年上で、親の年も近く、話はやっぱり親の介護や、年金の話になる。


彼女、話の端々で、実家がすごくお金持ちのような事を言うのが、少し鼻にかかるが、そんなのは昔の栄光。

羨ましいなあと思う老後の過ごし方って、みんなが元気でお互いに思い遣りを持ちながら笑って過ごしている家族。

1年に1度、皆が集まって温泉旅行するようなイメージかな・・・。

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お金持ちだった(?)彼女の家も、大変そうだ。

お姉さんにあたる人がご両親をみていた様子。お母さんは昭和の女性らしく、ずっと専業主婦で針仕事から、お料理から、女性の仕事は何でもできた、女性の鏡のような人だったらしい。

それが、年をとってから転倒したことで、入院。それから認知が入り、女性の鏡のようなお母さんが、強い認知症のせいで、周りに当たり散らすように。

母親の世話に翻弄する兄弟、それまでは普通に過ごしていた両親は、諍いが絶えず、同居していた兄弟も、毎日の生活に疲れて2人を施設に入れようという話になったらしい。

ところが、2人を施設に入れると40万円の出費になり、専業主婦だった母親は、旦那さんの年金だけでは賄いきれず、やむなく施設の入居は母親だけにして、父親はそのまま自宅で過ごすことにしたらしい。


転倒を機に入院した後に認知症になるという話はよく聞くが、施設に入所するまでの話も、「私を見捨てるのかっ!」と大変そうだった。


圧迫骨折した父は、あれから40日。昨日、はじめて晩御飯を持って行かなかった。

「買い物してきたからいいよ」

と電話があったからだ。少し心配だったが、父も歩ける時には歩くようにしてもらわないと、筋力が落ちてしまっては困る。


連日の豪雨で、高台に住むお姑さんにも電話したが、ヘルパーさんが入るようになってから、また、義姉が仕事をやめて、ちょくちょくお姑を訪ねるようになってから、認知が落ちつき、普通に会話ができた。


年老いた両親は、周りのひと達の少しの気遣いで、ぐんと元気づけられているような気がする。


私も、夫も確実に老いに向かっている。

夫は息子の後期の学費を払いこんだら、嘱託の仕事を止めるらしい。

ここまで4人の子供のために、働き続けた夫には、心からお疲れ様を伝えたいが、その後はどう生きるんだろうかと思う。

モラハラ犬タロの世話と、熱帯魚の世話?


学校や町内のことも私任せで、ほとんど何もしなかった夫にはコミュニティの場所がない。

実家に帰れば一緒にお酒を飲む義兄や、甥っ子もいるし、私としても、お姑の近くに夫がいれば安心する。


「定年まで働けよっ」と言ったもう1人の夫はスィーツを差し出して「もう、仕事やめて、家に戻ってきたら?」と言う。


また生活に変化が訪れそうな気がして少し不安。





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