あすみとモラハラ夫との13000日

毒親育ち モラハラ夫 エッセイブログ

パワハラモラハラセクハラを受けながらの過酷なOL生活


勤めはじめた金融の会社は、1年半後に、新しい支店長と課長が赴任してきた。

頭の中は自分の出世しかない人の気持ちがわからない40才前の人。
異例の出世と言われ若くして支店長としてやってきたのが、私達の支店。

顧客にはお年寄りの多い田舎の金融会社で、出世したい支店長は、今までのやり方を覆し、自分流に社員を雑巾みたいにしごきだした。

また、直属の課長が最悪だった。
地方の支店は、会社名だけひとりあるきして、その実、全国の支店で、どこも引き受け手のない社員を田舎に送り込んできて支店のごみ箱と化していた。



和気あいあいと定時の5時か6時には帰宅できたのに、その2人がやってきてから、残業、残業と帰宅時間が9時だったら早い方だった。

社員を使い捨て雑巾のようにこきつかい、不満を口にすると、見せしめみたいにノルマが増えた。
ノルマが達成できない女性社員には「タバコを買ってこい!」と小銭を投げつけたが、歯向かうと何をされるかわからないので、社員はみんな見てみぬふりをし、支店の中は殺伐とした。

そればかりでない、この最悪な課長は裏でセクハラのやりたい放題だった。
まだ『セクハラ』『パワハラ』などの言葉のない時代、毎日毎日、手も足も鎖につながれた受刑者みたいに先の見えないOL生活、一体どこが出口なのだろうとまともに歩けないくらい疲れきっていた。

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残業を終えて家に帰っても、台所の流し台には茶碗や鍋が浸かったまま。

モラハラ夫の家事手伝いと現代の子供達のお手伝い事情 - あすみとモラハラ夫との13000日
遅くなったときくらい、洗ってくれても良さそうなのに・・・と思ったが、お手伝いは結婚で家を出ていく前の晩まで続いた。

1年間は50000円を食費として家に入れてはきたが、社会人になってお化粧品を買ったり、靴や服にお金がかかり、ボーナス払いにしたりして逼迫してきた。

「食費を30000円にしてもらいたい」というと、母は「いいよ」と言ったが、


「ちょっと!クリーニング代くらい払いなさい」
「自分の電話代くらい自分で払いなさい」

今みたいにスマホじゃない固定電話の電話代を
「あすみの電話が1番長い」

そんな理由で、結局10000円を払い、
またある時、
「会社の帰りに印鑑持ってお店に寄って」

と、母が店長をしていた婦人服のお店に寄ると、お店のお客様だと言って保険外交員をしている人を紹介され保険をすすめられた。
「今は無理だから」と断っているのに、母のお店で高級なお洋服を買ってくれてる、そんなギブアンドテイクで
「最初の3ヶ月は私が出してあげるから」

と、13000円の保険を契約させられた。

またある時は、母の店がある同じフロアの呉服屋さんにいき
「結婚の時には着物を持って行かないといけない」
と、目の前で反物を広げて見せてくれたが、正直、
着物のことはわからなかったし、そんな高額なものを買うつもりもないのに、
「お母さんが半分払ってあげるから」
と、毎月20000円、着物代として母に支払わされた。

店の売上の少ない時には、店の洋服を買ってきた。

「今日売上が少なかったから買ってきた。着る?」

毎日の通勤に洋服は助かる。
「うん着るわぁ」
と、洋服をもらった。

お給料は周りのお友達と比べても良かったのに、いつも何かの支払いに追われて、何でこんなに困窮しているかわからなかったが、母は決まって
「結婚の時には全部 お母さんがせんといかんのに」と私が家に入れている金額が不満そうだった。



母は毎週、お休みに和食器を買ってきたり、家にやってきた宝石商から宝石を買って、ならい事にも行き、楽しそうだったし余裕を感じた。



ちっとも楽しくなかった。

毎日毎日、歩くのも疲れるくらい働いて、もらう給料の半分以上家に入れて、みんなこんな大変な思いをしてるんだろうか・・・

唯一の心の拠り所だった教会。
カナダに留学中のゆみ子から、楽しそうなハガキが届いていた。

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ゆみ子は東京の大学にも出してもらって、「留学したい」と言えばおうちのひとが留学費用も出してくれる。


ちょうど教会に新しく男子大学生が4人ほど訪ねてきた。
新しい牧師がやってきてから、牧師を訪ねてやってきたのだ。
一人以外は年下ばかり。
同い年の男の子は1年の留学を終えて帰ってきたばかりで、教会に来ていた外国人教師と流暢な英会話で話す姿がかっこ良かった。


どうして気がつかなかったんだろうか・・・

私はこんなパワハラ、セクハラを受けながら好きでもない仕事をして、「家にお金を入れなさい」と
くたくたになるまで働いて、馬鹿みたいに思えてきた。

私は今から自分のためにお金をためて海外留学しようと決めた。
親から出してもらうわけじゃない。自分の働いたお金で行くのだ。自分の夢を見つけたことを母も喜んでくれるはず。

そう思った。