あすみとモラハラ夫との卒婚生活

モラハラ夫  卒婚生活 カサンドラ

モラハラ夫しか知らない子供達



時々、息子がモラハラ夫と重なって心配になってくる。

うちの子供達は当たり前だけど、お父さんしか知らないから、それが普通になってしまってる。

例えば、娘は、晩御飯の時に、父親のおかずが子供達より多いのが当たり前と思っている。

「えっ?余分に作るのが普通じゃないの?」

「違うよ、いただきますって言って、みんな一緒のものを食べるのが普通よ」

「へーそうなん」

夫はみんなが食卓につく前に肴でお酒飲みだす。

お酒呑みの家はみんなそんな風だと、後から知ったが、最初、「いただきます」も言わずにシュパッとビールの缶を開けて、「なんだ?これは」などと、言いながら作った料理に蘊蓄や文句をたれながら食べる様子が、とてもストレスだったが、夫にとってはそれが、普通。

文句をいえば、すぐにお姑が

「残しなさい残しなさい、嫌いなもので、悪かったわねえ」と、皿を下げていた。

甥っ子に対してそんな風で、周りの大人の誰もそれについて咎めることもなかったので、夫もきっとそんな風に育てられたのだと思う。


結婚当初は、作ったものをまるで、料亭のようにひとつずつ、持って行かなければならなかった。

早く持っていくと、

「早いんだよ、温めなおしてきて」と言われ、夫の中には肴にも順番があって、先にビールの肴、後に日本酒の肴と、持っていく順番を間違えると、不機嫌になった。

夫が食べる間は、何か言われるとすぐにその要求に応えられるようにしておかなければならず、自分がご飯を食べられるのは、夫の酔いが回って、あらかた食事が終わる頃だった。

仲良く「美味しいね♪」と言いながら食事を囲む、テレビドラマで見るような新婚生活にはほど遠かったのだ。


もう、終わったことはいい。

子供がひとり増えるにつれ、座ったまま食べられなくなった夫はテーブルに椅子で食べてくれるようになったので、料亭のように立ったり座ったりしてお給仕することはなくなった。

ひとつひとつ持って行っていた料理も、子供に食べさせるのに手いっぱいで、1度に皿を並べたし、ライフスタイルが変化していくことで、相変わらず文句の多い夫だったが、食事スタイルも変えざるを得なかったということだ。


婚約中に、私の作った物をなんでも、

「美味し~~~~!」と言って食べてくれたあの、優しい夫はどこにいって、しまったのだろうか・・・

夜、食事が終わると、山のようになった洗い物を見ながらどっと疲れる毎日だった。

「こんなの嫌だな・・・」

毎日の献立に頭を悩ませて、一緒に食べられない雰囲気にそう呟くように夫に言ったら

「おまえは甘いな」

と言った。

寒気がするくらいの冷たい言葉だったが、(生活とはそんなものかも知れない)と、自分で自分を納得させるようにした。

「工夫が足りない」と言われれば、(何がいけなかったんだろう)と考え、「努力が足りない」と言われたら、(もう少し努力しないと)

と、躾と言う名の虐めに近い厳しい家庭で育った私は、

「とても思いやりがあって優しい子なの、あすみさんは幸司と結婚してほんとに幸せよ」

と言うお姑さんの言葉を真に受けて、ただただ、努力あるのみ、の修行のような生活だった。


それでも35年近く、夫と生活してきたのは、私の中に(絶対に乗り越えられる)(私は我慢強い)と、毒母から受けた仕打ちと比べて、(夫はそこまでじゃない)と妙に自分を納得させてみたり、4人の子供を自立させるためには、夫の高収入は絶対に必要。そのためには、どんな理不尽なことを言われようと、いつもご機嫌にしてお腹いっぱいにさせておくことと、私は考えた。


そんな思考に行き着くまでには、いろんな葛藤や辛抱を繰り返したのかも知れないが、

(話しても通じない)

と、どこか、割り切って生活をしていたんだと思う。

それに、夫が仕事に行っている間は、ゆっくり身体を休めることができた。

子供達がよくお喋りして明るく、海溝のように深くなっていた夫との溝には、気づいていながら知らないふりをして過ごしてきたのかも知れない。

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アパートへ越してきてから、掃除したり、ご飯を作ったり、自分のペースでできるようになったが・・・・。

息子がこっちにやってきてからは、丸っきり自分のペース、というわけには行かなくなった。

今日のような天気の良い祝日は、朝からパーッとカーテンを開けて風を通し、洗濯と掃除をしたいところ。

ただ、エアコンがひとつしかないアパートでは、夏の間、隣の部屋にマットを持ってきて寝ている。

床掃除もしたいところだ。

それは息子に

「床が汚い」と言われたことで、それまでは1週間に1.2度クィックルワイパーで拭き掃除をするくらいだったが、再々、拭き掃除をするようになった。

息子の寝ている三つ折りのマットをその都度、持ち上げて床を開けている。


息子も忙しく、夜遅く帰ってきて、晩御飯を食べ、お風呂に入ってスマホを見るのが精一杯なのだろう。

床掃除はするが、マットくらいは畳むか立てるか、してもらいたいし、今日は燃えるゴミの日で息子の部屋のゴミ箱も出してしまいたかったが、

「ゴミ持ってきて」と言うと

「今日はせん」

と、3連休中に自宅で見た夫の薄暗い寝室のゴミ箱を思い出し、(何か似てきたかなあ・・・)と思えてきたのだ。

なにかしら不機嫌で、今朝はアパートを出る時に

「お母さんの相手をするのは疲れる」

と言って出かけた。


上げ膳、据え膳で、お風呂は湯を張るだけだし、朝ごはんを食べて着替えて出ていくだけで、床掃除も当然したことない。

お母さんの相手をするのは疲れるとは、一体どういう意味かと、なんだか腹立たしくなったと同時に、夫しか父親を知らない息子が心配にもなった。

転勤でもすれば、身の回りのことはすべて自分でしなければならなくなる。

カッターシャツのアイロンも自分でかけなければならない。

「家事がめんどう」「家事は女性がするもの」という時代錯誤の考えで将来 結婚されても困る。

今は独身を楽しむ若い人も多い。

それは自立した生活をできることが大前提。

夫は私に、私は夫に依存していた共依存の生活では、モラハラの連鎖は止まらない。


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