モラハラ母のいた家 何十年も前の悲しい歯の記憶
続き
どこを怪我したのか、傷が痛いのか、心が痛いのか
わからなかった。
大泣きしながら何か口の中にたまって、ペッと唾を吐くと園の砂地に真っ赤な血が飛び散った。
またびっくりして大泣きした。
「大丈夫?大丈夫?」
と、すみれちゃんや、ふみえちゃん、みどりちゃんがのぞきこむから顔をあげると、
「ああ!」
と、3人が私の顔を見て驚いた。
「あすみちゃん、歯がないよ」
舌の先でさわるとなんかいつもと違って穴が空いている感じがした。
もう、何がなんだかわからなかった。
ただただびっくりしたのと、痛いのとで大泣きしながら、すみれちゃんのおうちまでひっくひっくとしゃくりあげながら帰った。
すみれちゃんのお母さんも私の顔を見た途端びっくりして、「ああ!」と言ったまま声を失った。
口を洗って、もらったタオルで口を押さえながら、家まですみれちゃんたちに送ってもらった。
玄関を入ると、送ってくれたすみれちゃんや、ふみえちゃんに
「送ってくれてありがとうね~」
と母は愛想よくそう言ったが、前もってすみれちゃんのお母さんから電話があったのだろう。
2人が帰ると私の顔を見るなり不機嫌になり、まくし立てて怒った。
「不細工な顔なのに、歯が抜けてから、余計に不細工になって!調子に乗って遊ぶからだわ!」
それを聞いてまた大泣きした。
「うるさい!うるさい!うるさいから寝ときなさい!」
めんどくさそうに、片手で布団を敷くと、そう言い放って、いなくなった。
布団の中に突っ伏してずっとずっと泣いた。歯の抜けたところから血が止まらず、すみれちゃんのお母さんからもらった白いタオルが赤く染まったのを見て、また泣いた。
どのくらい泣いたかわからない。覚えていない。
夜になって初めて洗面所で自分の顔を見た。
生えたばかりの永久歯は1本無くなり、痕がどす黒く赤く残っていた。