あすみとモラハラ夫との卒婚生活

モラハラ夫  卒婚生活 カサンドラ

やっとここまで辿り着いた


考えてみると、夫と結婚してから、ずっと夫の事で頭の中がいっぱいになっていた。

どこで、爆発するかわからない夫の食事作りは、新婚当初、山あいの社宅に入って買い物もままならず、車の免許を持ってなかった私は、田んぼのあぜ道を片道25分かけて、買い物に行くしかなかった。

品数がないと不機嫌になるために、結構な荷物をぶら下げて、また田んぼのあぜ道を歩いて帰ったものだった。

 

社宅の暮らしはあまり思い出したくない。

あまり良い思い出がない。

社宅というのは、独特で、どこの良家からお嫁に来ただとか、持参金がすごかったらしいとか、奥さんが高学歴だとか、寄って集まっては、噂好きの奥さんが、あることないこと喋って、仲間外れにされないように気を遣って疲れた。

 

昼間、夫が会社に行っている時はいいが、帰ってくると、料理を出す順番や、器の盛り付け方など、ひとつひとつ、まるで料亭の仲居さんみたいに、忙しく動きまわり、とても疲れた。

 

不機嫌に怒り散らせば、その理由を考え、なんとか怒らせないように、常に気を遣ってきた。

怒ったら、その怒りを鎮めるのに、数倍エネルギーを遣った。

(これが楽しいはずの結婚?)

あまり楽しくないという思いを夫に伝えると

「おまえは甘いな」

と、冷たい答えが帰ってきて不機嫌になり、無視された。

そのなんとも言えない雰囲気が怖くて、なんとか機嫌を直してもらおうと、自分の心とは裏腹にご機嫌を取ることに集中した。

 

裁判所に婚姻費用請求を出した今、来月に迫る調停を前に、この前の怒り狂った電話を思い出し、どんな風になるんだろうと、ずっとモラハラ夫のことが頭から離れない。

 

離婚できたら、考えることがなくなって、私は簡単に痴呆になってしまうんじゃないかと思ったりして、気持ちの中で、ちょっと笑った。

 

よくここまで辿り着いた。

もうすぐ還暦。

もっと早くモラハラ夫ということに気がついていれば、また違った人生があっただろうか。

5年前にネットで気づいても、おおよそ離婚という考えには到達しなかっただろう。

私には経済力がなかったし、今までなんとか暮らしてきたこれまでの努力と辛抱がすべて無駄になるのではと、いつまでも泥で縄を作る作業をしていただろう。

 

お互いを思いやり、喧嘩したとしても年齢を重ねて相手を尊重しながら生活するという夫婦として当然の関係は、モラハラ夫とでは無理なんだと、諦めて、違う人生に踏み切っても、それはいいんだと、やっとそんな思いに辿り着いた。

 

 

 

 

 

 

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