あすみとモラハラ夫との13000日

毒親育ち モラハラ夫 エッセイブログ

モラハラ母の思い出の洋服たち


兄や真理ちゃんと、公園で遊んでいる写真を見ると、たぶん余り布で母が縫ったんだろうなあ と思うようなチェックのジャンパースカートや、ベージュのちょっと厚みのある生地で作ったワンピース。

何の模様もないから、きっと母があとから、花壇にお花が咲いているように刺繍糸で付け足したんだと思う。裾の刺繍のお花が可愛くて、よく引っ張って眺めていた記憶がある。

本当に小さい頃は、それほどの記憶しかないが、私に回ってくるのは他人様のお下がりばかり・・・だからこそ、母のお手製の洋服は、はっきりと覚えている。


私は標準より体か小さかったので、母が自分のワンピースを作っても、きっと私が着るくらいの生地が余っていたんだと思う。でも成長するに連れて、生地が余らなくなる。

小学校も高学年になると帰省するのにワンピースを2枚くらい作ってくれたくらいかな
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私が母が作ってくれた洋服の中で、とても好きで大事に着ていたものがある。






高校生の時に、友達に誘われて、学校の礼拝の代わりに基督教会へ行くようになった。
ここでのいろんな年齢層の人たちとの出会いは私の人生を大きく変えた。

それは、またの機会に話すとして。

学校の礼拝にはもちろん制服で行かなければならなかったが、教会は私服で良かった。
学生だから、みんな似たり寄ったりの格好だ。


母のところには、お客さんに頼まれて預かっていた布や、また、ちょっといいなと思って洋服地のお店で買ってきたようなものがたくさん置いてあった。

引き出しの底で見つけた真っ白い布。端っこに金の細い糸で縫い付けてあったのは、スイスの旗のマーク。
スイス綿の生地。

真っ白の地に、5ミリ角で、赤と緑と濃い青で行儀よく刺繍がしてあった。離れてみると、お花が咲いたように見えた。

「可愛い これ」
と言うと、母は
「ちょっと暇になったらあすみのワンピース、それで、作ってあげるわあ」

「ええ!ほんと?」
「うんうん」


そんな会話をしたのは、まだ、小学1年生くらいだったと思う。
それから、季節が変わっても、いつまでたっても私のワンピースにとりかかりそうになかったので、私もあきらめたんだと思う。

何年か後にあのスイス綿の生地のことを聞いても、母は忘れたふうだった。



お客さんから頼まれ洋服が最優先


だったのに、タンスの引出しにしまっていたと言って母が取り出したのは、ボワッとした量感のオフホワイトの生地

私は高校生になっていた。

「あーこれ、コートにしたらええわと思って昔、買っといたんだった」

そう言って広げて見せてくれた。

「あすみのコート作ってあげようか?」

「ええ!作って作って!」


簡単な夏のワンピースやらは多かったが、こんな生地の、オフホワイトのコートなんて、出来上がったらどんなに素敵だろう!!


でも母は私のものはいつも後回しにする。
これも、いつ出来るのやらと、半信半疑だった。