あすみとモラハラ夫との13000日

毒親育ち モラハラ夫 エッセイブログ

モラハラ母のいた家族の結末


3年前になる。

実家を片付けていると、母が帳簿をつけるのに使っていた、民芸箪笥の小引き出しから、何冊か通帳がでてきた。

兄の名義のもの、父のもの。母のお店のもの、個人のもの。
確か、それと一緒に見つけただろうか・・・
兄への多額の請求書が白い角封筒からでてきた。何通かあった。

びっくりするような金額、両手に持って照らし合わせてみると、封筒に入っていた請求金額と同じ金額が母の口座から引き出されていた。


兄は小さい頃から、物欲がなく、兄本人から、両親に「これ買って」とだだをこねるのを聞いた憶えがない。
それに引き代え、私は「あれ買えこれ買え、うるさい子だわ!」と母によく叱られていたので、私は駄々をこねていたのだろう。こういうところも母が私を可愛くないと思った理由に違いない。


学生の頃からストイックな生活をしていた兄が、
請求されていた多額の借金は、兄が派手な生活をして借金したとは考えにくかった。

務めていた税理士事務所の経営者が病気を理由に事務所を畳んだときに解雇され、次に何をしようかと、ちょうど、職探しをしていた最中に、母の仕事絡みでついた仕事。

社長は若かったが、私立の最高峰 K大卒が、学歴のない母を納得させるに、十分な条件となったのだろう。
背がスラッと高く、にこやかに喋る、こんな若い人が社長として地元で事業を展開してるんだと、玄関先で母と喋る姿が互い違いになった廊下から垣間見えた。

「うちの子、使ってよ~今、仕事ちょうど、探してるんよ」
若い社長と、母の会話が聞こえてきた。
「兄ちゃん!来てごらん!」

ちょうど、自分の部屋にいた兄が玄関に出ていった。
「いや~助かるなあ、ちょうど、経理のできる人を探してたんですよぉ、すぐ、来てくれるかなあ」

玄関先のそんな簡単な面接で、兄はK大出身の若社長と一緒に仕事をすることになった。




兄とは10年以上会ってない。
最後に顔を見たのは、娘が19歳のお正月。
朝早くから博多まで、来年の成人式の髪飾りを買いに行く予定にしていたそんな前日の夕方、急に仕事先から帰省してきた。

夫の実家に母から「兄が帰ってきたから早くこっちに来て」
と、相変わらず相手の都合も聞かずに電話をかけてきた。
「何かあったの?」
「何もないけど、久しぶりでしょ、話をしなさい」

話をしなさいと言われても、とくに話はない。

母の企みは、ちょうど、50年の金婚式を迎えるのを、子供が主体となって祝ってくれるだろうと、その「話をしなさい」のつもりだったのだろう。

「結婚50年なんだって、何か、考えてる?」
「せやなあ・・・・・・」


会話は終わった。

だいたい、お祝い事というのは、節目、節目で日頃からしてるから、「今度、お祝いしようね」という話になるのであって、私の子供が産まれても、顔すら見に来なかった母をお祝いしてあげようなどという、気持ちはなかなか沸くものではなかった。

久しぶりに会った兄との会話はこれが最後で、以来話をしていない。




確か、K大出身の若社長の元で、働くことになったのも、GWで帰省していた時に訪ねて来たこの頃だったと思う。

「ぶらぶらされても困るよ、働いてもらわないと!」
母は兄には甘かったが、その時実家にいた兄には、食費もかかってくるだろうし、社会人として当然といえば当然。
兄は母の言われるままに、働き始めた。押しの強い母にはなんとなく逆らえない雰囲気があった。

私の記憶だと、会社は1年半もたずに倒産したのだと思う。

K大出身の若社長は倒産するかも知れないとわかっていて、兄を連帯保証人として採用。そして倒産。

兄は多額の借金を背負うことになり、さいさいかかってくる借金取りの電話対応に両親は追われた。

「兄ちゃんがどうも借金背負わされてね・・・」

いつかそんな電話が私にかかってきたことがある。

母が持ってきた仕事の話しで、借金を背負わすことになってしまったことに、母も後ろめたさがあったのだろう。母が趣味で開いたお店は羽振りの良いときもありながら、後に兄の借金払いで通帳は売上から引かれてマイナスになっていたこともあった。


兄も、家に迷惑をかけると思ったのか、居場所も知らせずに、家を出ていったきり、もう戻ることはなかったが、後に借金完済の通知が家に届いたという。


母が長年兄にかけていた生命保険が『引き落としできてません』と、実家に届いていた。
母は兄のことが本当に心配だったと思う。
母が亡くなったことで、長くかけた生命保険の還付金を兄の口座に入れることになった。
毎年、生命保険会社から1年に1度の確認で届けられる住所から郵便物が戻ってこない。そんな理由で兄の居場所がわかったくらい。

家族とは一体何なのだろう。
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一緒にいるから家族?
住民票に記載されているから家族?
時には勢揃いして呑んだり食べたりするのが家族?


母が危篤の時も、兄の電話は着信拒否になっていて、最後まで、電話が繋がることはなかった。

家を畳むときに必要だった戸籍を取り寄せたら、兄は自分の籍を抜いていた。
一体どんなことがあったのか、よほど嫌な事があったのか、知るよしもない。



家族とは一体何なのだろう?



もうすぐ、兄の誕生日。母が亡くなってから近況報告と共に、毎年必ず誕生日カードを送ることにしている。
宛先不明で戻って来ないとほっとする。




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