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母から受けていたモラハラ マネハラ その背景 9 林さんからの手紙


「林さんがお参りに来たから、また、香典返しを送っといてくれ」

と、父から電話をもらったのは、母の葬儀が終わって暫くたってからのこと。

(ああ来てくれたんだ・・・)と、少し安堵をした。
(良かった・・・)

49日が過ぎるまで、お店にしていたお部屋の隣の和室に簡易的な祭壇を設えてもらっていた。
遺影はやっぱり母お気に入りの、新婚旅行に行った時に撮った写真。

さし障りのないこと以外は、母と面と向き合って喋ることをさけてきた私、遺影となり美しく微笑む母に向かって、何度と思いのたけをぶつけたことだろう。

自分の気に入らないことや、意に沿わないことには、一切、耳をかさなかった母。
気に入らないとサッと顔色を変えて怒った母。

子供の頃から母が苦手で、早く出て行きたいと思っていたのに、社会人となってからもなんとなく母の言いなりで、自分の意見を伝えられない雰囲気のまま、うまく言えないが私じゃない誰かを演じて過ごしたようなところがある。



林さんにはすぐに香典返しの品物と、こちらの特産品である箱詰めの巨峰を手紙と一緒に送った。

たしか、もう、上のお子さんには子供さんもいて、小学校に行っているころだろう。
昔、水産業を営んでいた旦那さんと一緒だったときには、毎年年末になると、活きのいいアワビやサザエなどの魚介類をたくさん届けに来てくれた。朗らかに笑ってとても幸せそうだった。
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今は子供さんもみな、独立して時々遊びにくるお孫さんの面倒をみながら独りアパートで暮らしているという。

何で離婚したか詳しいことは知らない。離婚理由なんてひとつではないだろうし。

手紙には、母が生前お世話になったこと。いろいろ迷惑をかけたんじゃないかということを、母に変わり謝罪。そんな内容になってしまった。


林さんからは、すぐに、返事が帰ってきた。

『お母さんには実の娘のように本当に可愛がってもらいました。あすみさんよりよくしてもらったかも・・・ただ、親しくなればなるほど、だんだん重くなってきて、悪いとは思ったんだけど、少し距離を置くようになりました。

お母さんが1番苦しくて側にいてもらいたかった時に寄り添うことができなかったことを悔やんでいます。本当にごめんなさいね。

お母さんは寂しかったんだと思います。

お母さんと一緒に仕事をし、お喋りし、お食事したりしたことはとても楽しかった思い出です』

お体大切にと締めくくってあった手紙には、母の悪口など一切書いてなくて、きっと複雑な思いはあるだろうに、感謝の気持ちをしたためて送ってきた。



亡くなる年のお正月にも、母は4人の子供たちに、自慢のお節料理や長く仕込んだおでんやら、ふるまってくれた。子供達は母の料理を「めちゃめちゃうまい!」といって、いつもお腹いっぱい食べた。



ちょっと疲れたのか、食べ終わると、お店だったところに、特注のベッドを置いて、力なくチャンネルのスイッチを押してテレビを見ていた。

「林さんは最近来ないの?」

と聞くと

「さあ、何回も電話するけど、繋がらん、切っとるんじゃない?鬱陶しんでしょ」

とだけ言って、手当たり次第チャンネルを押していた。

兄も林さんも母にとって1番大切な人だった筈なのに、そのどちらもが母の元から離れていったのは、母自身に責任があるとおもうのに、何故かいつも他人事で、(私のせいじゃないわ)みたいなことを言っていた。




あの時に積みあげられていた布団の段ボール箱を、林さんにも背負わせたんじゃないかと・・・ちょっと考えた。

自分が倒れて動けなくなった時に林さんが、いち早く駆けつけてくれて、車椅子を押して病院に付き添ってくれたり、ご飯を作ってくれたりしたのに、林さんには他の誰よりもご恩があるのに、いつも側にいて母のことを慕っていた林さんが、連絡を絶っていたのは余程のことだろう。



林さんが離婚したのも、母と一緒に新興宗教の団体に入って、高い壺や印鑑など売り始めた頃だ。
体を壊し、布団の在庫を抱えてどうにもならなくなって、林さんに丸投げしたんじゃないかと・・・それは、私の勝手な思い込みに過ぎないけど、自分勝手な母のこと。私も今まで何度となく(そんなあ・・・)と理不尽なことを押し付けられてきた。


戦後の混乱の中、3人の弟達を食べさせ、学校に行かせるために、生き抜くことを余儀なくされた母は、いつも戦闘態勢だったのかも知れない。

キャタピラのついた力強い戦車のように、グイグイと、そびえる山道や、流れの急な河を渡り、前にやってきた者を敵とみなすと、容赦なく、大砲をぶち抜き倒してきたのかも知れない。

ベッドに力なく横たわるその姿は、戦闘を終えて力尽きた兵士のようだった。

 

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