真理ちゃんとの強烈な思い出をもうひとつだけ。
どこだったか、場所は思い出せません。
きっとそれは、今から書く出来事があまりに強烈な印象で残っているからだとおもいますが。
私が小学1年生、真理ちゃんが2年生だったと思います
町内の子供会の遠足にバスに揺られて行きました。
カラッと晴れ上がった空の下、とにかくとてもお天気が良かったことを覚えています。
今では、町内の子供会で遠足に行くなんてこと、あまり聞かなくなりましたよね
当時の、私が住んでいた地域は特に、子供が多く、クリスマス会や児童会など、よく催されてました。
春になると遠足があったんです。
その時もバスに揺られて遠足に行きました。
たくさん遊んだんです。たぶん。
帰りの集合時間が迫って、バスの待つ広場にそろそろ人が集まり出した時でした。
松田のおばちゃんがよっちゃんを抱っこして溝を覗きこんでいました。
松田のおばちゃんところは、整形外科医院で、いつもよっちゃんのお姉ちゃんのアッコちゃんと智美ちゃんと一緒に遊んでいました。
「どうしたん?」
と聞くと、蓋のある側溝の穴を覗き込みながら、
「よっちゃんの靴が片方、穴にはまって落ちたんよ」
真理ちゃんと、穴を覗くと、赤い小さなよっちゃんの靴が落ちているのが見えました。
「ほんとだ・・・」
「穴が小さくて手が入りそうで入らんくてね・・・」
松田のおばちゃんは困った様子でした。
真理ちゃんと一緒にいた私達におばちゃんはいいました。
「あそこから入ってから靴とってくれん?」
見ると、溝蓋のついていないところから入れば取れないこともないと思いました。
でも、狭い上に、ここのところの天気が良かったといっても、ところどころの穴から覗くと、1ヶ所だけ、水がたまっているところもあり、ごみも落ちていて、汚そうでした。
「小さい子だったら入れんかねえ?」
たぶん、松田のおばちゃんは、2年生の細かった真理ちゃんに頼もうと思っていた感じがしたのですが、
真理ちゃんは
「あすみちゃん行き、あすみちゃんなら入れるよ、小さいし」
と真理ちゃんが私に言うので、いつものことですが、真理ちゃんの言うことには従わなきゃならないような気持ちと、松田のおばちゃんの困った顔を見ると、子供がながらに正義感のような気持ちが芽生えてきて、側溝に下りて入ってみました。
よっちゃんの赤い靴が見えました。
意外に遠くにあるように見えます。
側溝は私が頭を屈めて、四つん這いになって赤ちゃんのようにハイハイしてやっと通れる広さでした。
ヘーゼルナッツを砕いたみたいな小さな小石がたくさん落ちていて、四つん這いで進むと膝にくい込んで痛いなあ と思いました。
側溝の穴の中は、ところどころ空いている穴から、強い陽射しが射し込んで暗くはありませんでしたが、中はお菓子のごみやら、飛んできた葉っぱなどが積もって進むごとに、土埃りも舞い、息を止めながら進みました。
「大丈夫?」
頭の上のセメントの蓋から、よっちゃんのお姉ちゃんのアッコちゃんの声が聞こえました。
そろそろバスに乗る時間になり、集まってきている様子で、側溝の蓋の穴から心配して見ているのでした。
「うわ!」
「どした?」
埃を吸いながら進む途中、触角の長いカミキリ虫が穴からの強い陽射しを避けるようにすみにへばりついていたのを見て、思わず叫んでしまいました。
虫は苦手です。
「もうちょっとよ もうちょっとよ」
そんな声に支えられながら、ようやく赤い靴に手が届きました。
「えらい えらい」
おばちゃんの声も聞こえてきます。
赤い靴を手に掴んだまま、少し進んだ、少し広くなった場所で方向を変え、また、ハイハイのように四つん這いになって帰ります。
途中、さっきのカミキリ虫が今度はこっち向きになって、顔に向かって飛んでくるんじゃないかと思いました。
(もうすぐ出られる)
赤い靴を掴んで進んでいると、出口のところから、真理ちゃんが顔を覗けています。
「あすみちゃん、靴を投げて!」
・・・と言われても、狭い穴の中では勢いもつけられず、靴をほうり投げても、届くようには投げられません。
「早く!あすみちゃん!靴を投げるんよ!」
真理ちゃんは、私がこんな思いをしながら取ってきた靴を、まるで自分が取ってきたかのように渡す気だ と思いました。
いくら察しの悪い私でも、そのくらいのことはわかります。
でも、もう小石が食い込んだ膝が痛くて、どうでもよくなって言われるまま、思いきってほうりなげました。
真理ちゃんは靴を掴むと姿を消しました。
穴から這い上がると、靴はもう、真理ちゃんが松田のおばちゃんに渡していて、靴はよっちゃんの足にはかされて、何事もなかったようでした。
松田のおばちゃんは、真理ちゃんと私に
「アイスクリーム買ってあげるから」
と、側にあったお店でアイスクリームを買ってくれました。
私に手渡してくれる、その時に
「あすみちゃん、おばちゃんはちゃんと見とったからね」
と、ウインクしてくれました。
真理ちゃんはアイスクリームを美味しそうに食べてましたが、私はアイスクリームより、おばちゃんのその言葉の方が数倍嬉しかったです。
真理ちゃんは私よりひとつ上、機嫌を損ねると
「もう遊んであげない!」
と言われることが、子供心にとても傷ついていて、いつも真理ちゃんの顔色を窺うようになってしまったんだと思います。
依存性人格障害を起因する環境と言えるでしょう