あすみとモラハラ夫との卒婚生活

モラハラ夫  卒婚生活 カサンドラ

愛子様の成年皇族会見と親ガチャ


昨日、愛子様の成年皇族会見を見ました。

どちらかと言うと天皇に似てらっしゃると思っていましたが、最近は、ふとした表情が雅子皇后にとてもよく似てきたと思わされました。

 

気品があり控えめで穏やかで朗らか、噂ではIQがとても高くて(雅子様のお子様ですから当たり前ですが)とても優秀な方と聞いてます。

気品溢れるお姿は、私個人の意見ですが、女性天皇として日本の象徴となられるのにふさわしい方と思います。

日本古来の天皇制については、勉強不足でよくわかりませんが、多様性が尊重される世界において、愛子天皇が誕生しても良いのではと、密かに期待をしています。

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インタビューは時折、冗談も交えておちゃめな一面も垣間見え、庶民の私達が親近感を持った人も多かったのではないでしょうか

インタビューの中、とても印象に残った言葉がありました。

それは、雅子皇后が愛子様誕生の後の記者会見で「生まれてきてありがとうという気持ちになりました」に応えて

「生んでくれてありがとう」

とお応えになった場面です。

 

思春期には、異常に痩せ細って拒食症などが噂され、登校も、ずっと雅子様が一緒に付き添われた時期があり、国民はとても心配しました。

天皇家に限らず、子供に関する悩みは尽きないものです。思春期には成長する過程で様々な問題が出てくるものなので、愛子様もその時期を乗り越えられ、ご両親の元、豊かな愛情で育まれ、今、大輪の花を開かせたのだと思います。

 

『親ガチャ』と言う言葉が若い世代の間で取りざたされていますよね。

ガチャガチャのカプセル式のおもちゃに例えられて、親を選ぶことはできないと言うこと。

果たしてうちの子供達は、何と思っているだろうか。

表面上はうまく行っているような私と娘、娘も頭の中では、理解しようとしてるんだと思うけど、一緒に写真を撮るとき、未だ笑わない娘をみると、まだ幼い頃から、友達と遊んでいる途中に帰らされて家の手伝いをさせられ、理不尽な幼少時代を過ごしたと思ってるんだろうなあと思います。

下3人の男の子の凄まじい子育てが中心でしたから、成長過程においての娘の友達関係や悩みなどには後から気がつくことになりました。たぶん話を聞いてあげられなかったんだと思います。

 

4人の子育てをする中、やっぱり中心はあくまでモラハラ夫だったと思ったひとつのエピソードがあります。

今はどこも教育の一環として、PTC活動があります。娘は小学4年生の時に今のところに引っ越してきましたが、たぶん以前通っていた学校でも、その行事はあったんだと思いますが、私はまるで記憶にありません。

行ってたとは思います。たぶん運動会も。

でも、娘の出ていた種目を見た記憶が飛んでいるんです。

それは、運動会に行っても走り回る弟達を追いかけていたからだと思います。

こちらに引っ越して来てから、PTCの行事『短冊に願いを書いて笹に吊るし、星空を眺めよう』

たぶんそんな内容だったと思います。

学校から手紙もありました。

開始時間  午後7時

とあり、頭の中が混乱しました。

 

午後7時と言えば、夫が帰宅する1時間前、

(こんな時間、晩御飯用意しないと行けないのに、行けるわけないじゃない!)

咄嗟にそう思いました。

食事にうるさい夫、おかずが出る順番や内容など事細かにチェックが入るのに、十分な準備ができないと思ったのです。

【欠席】

と書いて学校に提出しました。 

 

すると、学級委員長をしている人から電話がありました。

「本当に欠席でいいですか?」

「はい、そんな時間、主人が帰ってくるのに、とても無理です」

そう、返答したように覚えています。

もう、気持ちは強迫されたようでした。

そんな行事に出席して、夫の晩御飯が間に合わず、内容もおろそかだったら何を言われるかわからない。恐ろしい目つきの夫の顔が思い浮かんで、必死に断った覚えがあります。

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当日、夜だったのに、近所に住む同級生のお母さんが娘を一緒に連れて帰ってきてくれました。

帰って来るなり、娘の叫んだ一言が忘れられません。

「親が来てなかったのは、施設の子と私だけだった!」

施設の子とは、いろんな理由で子供の療育がなされない子供達が集団で暮らしている施設のことで、たまたま学区にその施設があり、引率で施設の係員が来ていたそうです。

そんなどうにもならない事情がある家の子供の他は、みんなお母さん、お父さんが来ていて、一緒に短冊に願いを書き、一緒に笹の葉に吊るして星空を眺め、成長をねがったんだと思います。

「ええっ!ごめ〜んごめんね~」

娘に謝りました。

娘はぶうっとふくれて「いいよ」と言いました。

 

夫に

「その夜は学校行事で出かけるから晩御飯はできない」

と一言相談すれば良かったことなんです。

学校行事だから、と言えば晩御飯を作るのは放免されたかも知れません。

でも恐らく、私はそこまで思考が行かなかったんです。

ただ、ただ、晩御飯を作らなかったら、どうなるかわからない、そんな強迫観念から、(無理無理)と思ったんだと思います。

洗脳というのは怖いです。

 

夫は子供達を遊びに連れていったり、何か買ってあげたり、そんなことも確かに多かったのですが、夫のことを優先して子供達に我慢を強いたこともたくさんあったんです。

すべては夫の気分次第でしたから。

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あの時、小学生、幼稚園児だった下の3人も連れて一緒に短冊を笹に吊るして一緒に星空を見上げることができたなら、お姑さんが連れてってくれるリッチな旅行より、ずっとずっと意味があるものだったんじゃないかと思えてなりません

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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