あすみとモラハラ夫との13000日

毒親育ち モラハラ夫 エッセイブログ

モラハラ夫の大切な役割


4人の子育ては今、考えても過酷そのもの。
実家の母は、娘に子供が生まれても、顔さえ見に来なかった人。
1人目は里帰り出産だったが、2人め以降は上の子の学校のこともあり、実家には帰らず、自宅での生活になった。
子だくさんで大変だったのに、当然手伝ってくれると思っていた母は

「行かーん」
「えー?」

あまりにびっくりして二の句が出なかった。

「じゃあどうするの」
「わたしらあ、みーんな自分達でやってきたんよ
あんたも自分でやっておみ」

『~おみ』
この『おみ』という、やってみなさいという方言が、心底腹だたしかった。

いかにも自分が全てやってきたみたいな言い方をしたが、祖母は、小さい頃からよく家に来て母を手伝っていたし、私を買い物にも連れてってくれた
毒親の母は、里帰り出産で1ヶ月間私が実家にいた時の、お姑からのお礼30000円が少なすぎると言い

「馬鹿らしくてやってらんない」

と、2人めからの産後のお手伝いは来てはくれなかったのだった。
モラハラ人間は何でも、自分のことしか考えてない。
自分にとって損か得か、儲かるかもうからないか、使えるか使えないか・・・

1番、肉親の手を借りたい時だったのに、4人も生まれたのに・・・。
この時ほど、情けなく途方に暮れたことはなかった。
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代わりにお姑さんが仕事を止めて手伝いに来てくれた。
お姑さんは可愛い息子のためでもあったのだろうけど、ほんとうによくしてもらって足を向けて寝られない。

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忙しかったからしょうがなかったのかも知れないし、昭和の人間だから、子育ては夫婦2人でするものという発想そのものが夫にはなかったのだろうと思う。
お出かけが好きな夫なので、お休みの日には子供を連れてお弁当を持って、植物園や動物園などに行ったし、おしっこだったらオムツも変えてくれたと思う。
お風呂も早く帰った日は入れてくれた。


これで文句を言ったらバチがあたると思いながらも
夜泣きをした時に
「寝かせろ!寝られないじゃないかあ!」

と怒鳴られた時には、暗い中、泣く子供をあやしながら涙が出てしょうがなかった。

あくる日に何か助言が欲しくて義母に言ったら
「まあ!当たり前じゃない、幸司は仕事をしてるのよ!」
と言われてまたまた落ち込んだ。


子育てはストレスばかり感じて疲弊するばかり。
ふつうの会話が出来ない実母には、悩みが相談できない分、義母に相談すると、夫のかたをもつ。

手助けを必要とする過酷な状況下で、私は孤独感でいっぱいになった。

伝い歩きをするようになってからは、夫がテーブルについてゆっくり晩御飯が食べられるように子供を捕まえておかなければならなかったし、加えておかずに文句。

私は子供を背負い、あやしながら立ったままご飯を食べる、そんな毎日。

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でも、マンションに引っ越ししてから、同じマンションに住むママ友たちに随分と助けてもらった。

夫も、会社以外の飲み友達ができて、リラックスした様子で、今でも交流を続けている。そうやって、何とか4人の子供達は大きくなったのだ。

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末っ子は今、就職活動の真っ只中。
このコロナのお陰で、来年以降は就職氷河期がやってくるかも知れない。
奨学金も返済しないといけないので、なんとか卒業してちゃんと就職してもらいたい。

子供からの就職の相談は夫の出番だ。

企業人として、長く勤め、採用する側としての立場でもあった夫のアドバイスは適格で、子供達もよく相談した。

夫の暴言に
「お母さん、よく我慢してるねえ~」
と言いながらも、進学や就職の相談は私ではなく、夫にするところをみると、父親として尊敬しているのだと思う。

夫とは今後も、家の中でソーシャルディスタンスを保ちながら、攻撃をかわしながら、暮らしていかなければならない。