あすみとモラハラ夫との卒婚生活

モラハラ夫  卒婚生活 カサンドラ

仕事で落ち込む(>_<)


今日はなんだか落ち込んだ1日だった。

いろいろ支障があるため仕事のことは書かない。

落ち込んだのはその仕事のこと。


50過ぎての正社員としての採用は

「よくそんなとこあったよね」や「雇う会社が凄いわ(笑)」などと、周りの友だちからからかわれた。

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4人の子供達の子育ては、朝のお弁当作りに始まり、夕方になると習い事や部活の送り迎えに時間を取られるために、学校に行っている間に大方の夕御飯の支度をしておかなければならない。


現役時、8時過ぎに帰ってくる夫は帰宅するとすぐにお風呂に入り晩酌を始める。


新婚家庭の頃には炬燵のテーブルに胡座をかいて座ったまま、晩酌をはじめると、根っこでもはえたかのように動かなかった。

テーブルに座った夫に、まるで料亭のように酒の肴を一品ずつ運ぶ。

早く出しても「駄目」と言われ、遅く出しても「駄目」で、そのタイミングを図るのに、なかなか苦労した憶えがある。

子供が生まれ、伝い歩きをするようになってからは、夫に料理を運びながらも、晩酌の邪魔をする夫に「ちゃんと捕まえておかないか!ゆっくり食べられないじゃないか!」と怒られた。


食べ終わると夫は、自分の好きなテレビ番組を見て大笑いした。

「私も食べたいんだけど・・・」

というと、

「食べればいいじゃないか」

と言うだけ。


私だって座ってゆっくり食べたかったのに、そう言うとぷいっとテレビの方を見るだけで、子供を見ていて欲しい等と言い出せる雰囲気ではなかった。

だから、おんぶしたまま、立って食べた。味がわからなかった。


4人も子供がいたのに、夫は寝かせつけをしたことも、夜泣きでぎゃーぎゃー泣く子供をあやしたことも1度もない。

お願いしたこともあるが、しかめ面で「何を言ってるんだ」と言うだけ。

『誰に向かって言ってるんだ』かも知れないし『俺の仕事じゃない』と言う意味だったかも知れない。

「もう少し協力をして欲しい」と懇願すると、答えは決まって

「お袋を呼んであげようか?」

だった。

お姑にはよく手伝いに来てもらったが、生活は毎日のこと。

1ヶ月のうちに2.3日来てくれて手伝ってくれるのは、ただそれだけでとても助かったが、それだけでは回らなかった。


会社の狭い借り上げ社宅で過ごした時が1番、鬱になりそうなくらい疲れていたように記憶するが、その話はまた折があれば書くことにする。


とにかく、子育てに時間を取られ、子供達がそれぞれ大学や仕事で独立していき、3番目の子供が大学へ、末っ子が高校2年にあがったくらいから、やっと、少し自由な時間が与えられたような気がした。


夫に急き立てられて、仕事を始めたのはちょうどその頃だ。

「早く働かないと学費が大変なことになる!」と言われて職探しをはじめた。

まず、年齢がネック。そして、何のスキルもないただ家で過ごしていただけの50歳過ぎのおばさんが働けそうなところはビルの清掃や、介護の仕事くらい。

椎間板ヘルニアの持病持ちの私にはちょっと酷な仕事だった。


今ついている仕事の最大のミッションは早く行って鍵を開けること。

たまたま近所に住んでいたからか、友だちには『奇跡の採用』と言われた。


本当にありがたい。

この3月末でちょうど6年になる。


仕事場は若い人が多く、お化粧やタレントの話など、話題が楽しい。

立ちっぱなしの仕事は、最初の頃はなんともなかったのに、昨年辺りから、どっと疲れを感じるようになり、夫との距離も置きたくてはじめたアパート暮らしは、無理のできない身体になったことをひしひしと感じた。


新年度に向かい、みんな少しずつ新しい仕事が増え、忙しい。

そんな中、50も後半の私ともうひとり、以前のように頭が回らない。

周りのみんなの仕事の負担を無くすためにも、協力しなければならなかったのに、その考えに至るまで、時間を要してしまった。

もうひとりの彼女も家庭の事情で休みが多く、なかなか引き継ぎがうまくいかなかった。


仕事を続けなければ、あの威圧感でいっぱい、憤懣でいっぱいの夫のいる家に戻らなければならない。

定年までこのまま働き続けることができるのか、今日は少し不安に襲われた。



早くお風呂に入って早く寝よう




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