あすみとモラハラ夫との13000日

毒親育ち モラハラ夫 エッセイブログ

何を着ようかと思い煩うことなかれ

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教会に行くようになってから、田村さんの手前なのか、母が以前より、私の洋服を気遣うようにはなったが、なにしろそれまでずっとお下がりばかりで、洋服のストックがない。

買うのも追いつかないので、母は相変わらずまた、自分用に買ってきた洋服を1、2度着てみては、
「これ、着んからあげるわ」
と、叔母などに譲っていたように、私に回した。



50才前の中年おばさんが着る服を「はいよ」ともらったところで、着てみると、何とも言えなく、微妙におかしくないかと内心思っていたが・・・

「あらあ!よく似合うじゃない!」

と、日頃褒めない母がそういうし、ともあれ着る服がないので、母のお下がりの洋服を着て教会に行く。
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どう見られているのか少し気になっていた。けれども、みんな洋服は無関心なのか、特に何も言わなかった。
その時、母がくれたブラウスは楊柳みたいなしぼのある黄色いブラウス。白い何か小さな模様がついているが、よくわからない。共布の芯のない大きな襟がついて、それがまた、楊柳だからくたっとして形にならなかった。

スカートはオフホワイトの幅が8センチくらいある、ボックスプリーツ。
肌ざわりは良かったから、きっとクオリティの高いものとは思ったが、決定的に(何か違う)と感じたのは、洋服の分量だ。

中年女性の体型のものは、どこか、だぼっとして高校生が着るには、今のいい方で言うなら『ダサ』い の一語につきた。


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上級生の慶子さんは、相変わらず、黒やベージュなどの地味めな色でやはり地味な色のスカート、ごくごく普通なデザインで、お品物も特に良いわけではないのに、その気品のある物腰と立ち居振る舞いで、とても素敵に見えた。




最近になって母が買うようになった洋服も着て行ったが、同じものばかり着るのもどうかと、母譲りのものも交代で着て行っていると、ある時、春子さんが「ちょっと・・・おかしくない?」
と言ってきた。
春子さんとは、私を教会に誘ってくれた同級生。

「え?何が?」

「あすみ、ちょっとへんじゃない?洋服」

「おかしい?」

「う・・・ん、誰のそれ」

「お母さんのお下がり」

「よねえ」

自分でも、おかしくないかなあと思っていたところ。(やっぱり変だったんだ)


かと思えば、礼拝を終えた後に、私の洋服を見た年配のおば様が
「あら!あなた!素敵なの着てるわねえ!」

と、褒めてくれた。

聖書の中に『何を着ようか思い煩うな』という一節があるが、他校の男子生徒もいる教会で、その日教会に着て行く服をいろいろ迷うのは、思春期の女子高生には普通だったかも知れない。

とにかく『へん』と思われるのが私は嫌だった。



家に帰ってから母に春子から言われたこと言うと、
「まあ!センスのない子ねえ!買えないから意地悪で言ってるんよ」

・・・と言われたが、春子は意地悪な子じゃない。
それに、春子は一人っ子で、いつも可愛い服を着せてもらっている。買えない家じゃない。



学生の間は、お金が自由にならないので、ちぐはぐな格好になるのは仕方のないことと、当時流行りのファッション雑誌を見ながら、できるだけ好きなスタイルに似せようとするけど、いつもしっくりこなかった。

母が1、2度袖を通しただけで、他人にあげるんだったら、安くていいから、1番に私の物を買ってもらいたいと思った。

どちらにしても、何か、買う時には母にお伺いを立てないと買えなかったし、母が『よし』としなげれば、靴も服も買うことはできなかったので、アルバイトをするようになったら・・・社会人になって働いて、自分のお給料を好きに使えるようになったら、おもいっきり自分の好きな洋服や靴を買おう。

そんなことを考えていた。




*あすみがパンドラの箱を開けるまであと8話