あすみとモラハラ夫との13000日

毒親育ち モラハラ夫 エッセイブログ

母の指輪



気の強かった母は、何でも自分が1番、何でも自分優先。私に対して、「ありがとう」や「ごめんね」と言ったのを聞いたことがありません。

そんな母が気功の先生を通して「ごめんね」と何度も言っている、と聞いて、自然に涙が出ました。


昨日、父に電話をかけた時に、「携帯の音が小さくて聞き取りにくいなあ」と言っていたので、仕事の帰りに寄って、着信のボリュームをあげる設定をしてきました。

部屋には母の写真が飾られたお仏壇・・・。

昨日のことで、今までとは違った気持ちで、母の仏壇にお線香を手向け、手をあわせてきました。

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母は宝石が好きでした。

しょっちゅう外商の人が訪ねてきていて、指輪やパールのネックレスなど求めていましたね。

実家から指輪やネックレスが入ったレザーの宝石箱を持って帰ってきましたが、私が身につけるのは時計くらいで、ネックレスや指輪はつけるような場面がありません。

それでも母からキラキラ光る綺麗な宝石は「ぜ~んぶあすみにいくのよ~」

と言われると、結婚するときのお道具のひとつになるんだとわくわくしたものです。


ところが実際は違いました。


残業、残業、バブル時代の金融会社は臨時ボーナスも出るほどの好景気、身体も心もすりきれそうになりながら、「結婚の時には全部、親がせんといかんのに!」

そんな母の言葉を真に受けて一生懸命、家にお金を入れてきたのに、結婚するときは、宝石どころか、女子大生の独り暮らしのような簡素な嫁入り道具で、社宅の奥さんから、おもいっきり馬鹿にされて、母の愛情の薄さを知り、とても悲しい気持ちになりました。




持ち帰ってきた宝石類は、ひとつひとつメルカリで好きな人に買ってもらいました。

私を苦しめた宝石類に、何の未練もありませんでしたから。

ただ指輪だけが残りました。


それは、生前に母が

「指輪は麻子ちゃんにあげてちょうだい」

と言っていたからです。


母は指輪をとても大事にしていました。

長女は「私、指輪いらんよ、お母さんしたら?」

と言いましたが、サイズも長女の指のサイズで、私がするにはきつく、娘にあげてとの遺言を無視して、メルカリで売るのも気がひけました。


すると、今日のこと。

同僚の息子さんが結婚する時に、若い2人が生活する電化製品や車を買うのが精一杯で、記念品らしいものが何もないと、亡くなった母親が大切にしていた1カラットのダイヤのペンダントを指輪に作り直して婚約指輪にしたと言うのです。


「お宅の息子さんも結婚するときには何かと物要りになるだろうから、お母さんの指輪があるんだったら、今ふうのデザインに作り変えて婚約指輪にしたらいいじゃない」


まだいつのことになるかわからない息子の結婚ですが、お嫁さんになる人がもし嫌じゃなかったら、母の指輪をそんな風に使ってあげるのもいいかなあと思えてきました。


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想いをはせるのは、バブル時代の好景気・・・

いつの間にか日本の国は、人と人との距離をとりだし、上っ面だけの人間関係で繋がりはじめた。

本音を言わず、自分と自分を繋ぐ僅かな人達だけの人間関係。

いつ何があっても大丈夫なように暮らしは小さく、派手なことを好まなくなってしまった。


じゃあ、あの時代が本当に良かったか・・・?

考えたところで、見栄を張るのになんだか実は疲れていたような気もする。


みんなの思考がミニマムに向かい始めたのかも知れない。




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