あすみとモラハラ夫との13000日

毒親育ち モラハラ夫 エッセイブログ

お墓参りはご先祖様との対話


お墓参りに帰省しています。

先にお姑さんの様子を見に帰っている夫と合流して
今日は両方のご先祖様のお墓参りにいきました。

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夫の方の墓と母の眠る墓、横に大好きだった祖母の墓がある。

夫はまめにお墓参りにきていて
「ああ、やっぱり麻子の良縁から頼んでしまうなあ」

帰りの車の中、運転しながらそう言った。

「そんなこと頼んでるの?」
「そうだよ、受験や就職の時も必ずご先祖様にお願いしたよ え?しないの?」


確かにそんなお願いもしていた。
その度に、ご先祖様の働きもあって、進学や就職など、(どうかなあ・・・)と危ぶまれる所も、なんとか実現して、みんな元気でここまできたのだ。

「私は家族がみんな元気でありますように!それだけよ」

「ええ~具体的に頼まんとわからんじゃんか」

そう言われたらそうだけど、難しい夫との生活に疲れて、それをネタにブログを書いていることを、ご先祖様のお墓を前にして、少し後ろめたい気持ちだったのだ。

(いいお嫁さんになると約束したのに、お義父さん、すみませんね)

そう拝んだら、

(たいしたことじゃあない)

そう聞こえてきたような気がして、少し気が楽になった。



実母の墓は、また別の山の上にある。
麓に車は止められるが、そこからは緩やかとはいえ、登り坂を登って行くのは、もうそろそろ体に堪えてきて、この先祖の墓守りを子供達にせよと言うのには少し無理な気がした。

周りのお墓に比べて一際 大きくて新しいお墓。

(せっかく建てたのに、兄がこのお墓に入ることはないんだろうなあ・・・)

父も、兄が籍を抜いたことは知らなかった。私も余計なことは父には言わなかったし、こちらにきて、しばらくしてから、不動産会社から何か提出を頼まれたみたいで、その時にはじめて知ったようだ。

もう、誰も兄の話題に触れない。

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お墓参りの帰りに、今は人手に渡ってしまった家を見に行った。

私と同い年くらいの女性が母親と同居するために買ってくれたという。
もう、周りに子供はおらず、静かで眺めがいい。
老後を過ごすには良い場所かも知れない。
後回しになっているのか、お庭の木々が少し鬱蒼としていたが、綺麗に住んでくれている様子で、有り難く思った。


あの引っ越しの日、何にもなくなった台所で、父は手を後ろに組んで天井を見上げた。

「本当に、世話になりましたなあ」

小さくても、自分で働いて建てた家。庭も何回か手を入れて、母がお店をはじめてからは、儲かっていたのか、あちこちリフォームで広げて綺麗にして、とても50年以上住んだようには見えなかった家。

父は公園の周りを散歩したあと、台所の椅子に腰かけて、囲碁の番組を見、母にお気に入りのコーヒーカップでコーヒーを入れてもらうのを楽しみにしていた。

父は真面目に働いてきたのに、どうして家族がバラバラになってしまったのか、わからない。

それを聞いた時には涙を拭った。

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「小学校によってみて」

私が通った町中の小学校は人数も多く、校舎へと続く坂道は子供達でいっぱいになっていた。
すぐ傍の幼稚園も子供達でいっぱいだったのに、園庭は草ぼうぼうで、今は閉鎖されているらしい。

ここに住んでいたのはもう30年以上も前のこと。
あちらこちらお店はシャッターが降りて、寂れた感じはどうしても拭えなかった。

駅前のデパートも、コロナの影響か、テナントのお店の閉店を知らせるビラがあちこち貼られて・・・(ああ、この角を曲がったところに母が店長として勤めていたお店があったんだ)
と、お店があったところは、ベンチがたくさん置かれて休憩所になっていた。
もう、時代が変わっている。


今回、東京のゆみ子と会う予定にして、ホテルステイをしたが、家族から帰ってくるなと言われて断念して、楽しみにしていたゆみ子との再会は先送りになった。コロナの感染者が拡大しているからしようがない。



義母も元気でいてくれた。

今は週に1回ヘルパーさんが入ってくれて、さっぱりと綺麗に片付いている。
ありがたい。


私は この小川家に嫁いできて、少しの行き違いはありながらも、義母には本当に助けてもらって感謝している。

本当の家族になって行くのには、長い時間が必要なのかも知れない。家族は仲の良い方がいいに決まっている。誰も落胆させたくない。


4人の子供達がずっと仲良しでいられますように。









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