あすみとモラハラ夫との卒婚生活

モラハラ夫  卒婚生活 カサンドラ

避けては通れない『老い』


仕事をお休みしたこの数日間、いろんなことを考えた。

毎日 腰痛体操して仕事に出かけていたのに、よる年波には勝てないということなのか・・・

 

 

7月2日に父が圧迫骨折をしてから、病院に連れて行ったり、便利屋さんに頼んでベッドを運んだり、楽天で360度回転する椅子も買った。

それまでは、布団の上げ下ろしも毎日していた父、あの、キャンプで使うようなぐらぐらした椅子でなければ、圧迫骨折などせずに、元気で毎日、散歩をしていただろう。

薬の飲み間違えもあり、心配で、朝早く父のマンションに行き、朝ご飯を作り、薬を飲ませた。夕方には、前の日に作っておいたおかずを持って行っている。

 

骨折するまでは毎日歩いていた父は、腰痛ベルトを巻いて昨日も今日も出かけたようだけど、まだ買い物まではできてない。

あれから、3週間。目まぐるしく忙しい日々だったが、父もすこし、落ちついてきて、安堵している。

ここまで回復したことに、父の生への執念みたいなものを感じるし、きっと私に迷惑をかけてはいけないと思っているのだろう。

父には長生きしてもらいたい。できればどこも痛くない状態で。

 

父は幼い頃に両親を亡くし、歳の離れた兄弟に育てられた。貧乏がしみついて、破れた下着や靴下も、糸で繕って着ている。タオルなどは、うちで使っている雑巾の方がまだマシなくらい、くたびれている。

もう、性分だから仕方ない。

こんな風だから、現役だった時も、おかねを管理していた母に、高校生の小遣いほどしかもらえずに、私達、兄弟を遊びに連れて行くときには、父のお小遣いから出していただろうから、連れて出るのをとても嫌がった。

それはたぶんそうだったんだろうと、後からわかったこと。

 

私は小さい頃、よくひきつけを起こしていたようだった。

そうすると、まだ車のない時、父が私をおんぶして、真夜中、坂の下の病院に連れて行ってくれた。

父が私を背負って走ると、父の背中で大きく揺さぶられたが、その大きな背中の温もりを何故か、今もおぼろげに覚えている。

 

何回も同じことをいうようになった父。

矍鑠(かくしゃく)として、威厳のあった父だったが、日々、老いの変化を感じるようになった。広かった背中は痩せて丸くなってしまったが。

 

老いは避けられない。

そして、私も。

 

この13年、ヘルニアの症状はなかったのに、こんな痛い目に合うと、もう、仕事を止めて、モラハラを受けるとわかっていながら、自宅に帰った方がいいのかな、そんなことも考えた。

 

予約していたカイロプラクティックに行ってきた。

早く治さなくてはと思う。

ここの先生は良い相談相手でもある。

「もう、仕事止めて、自宅に帰れってことなのかね?」

「今だけですよ、止めちゃ駄目ですよ、社会に繋がっていないと、それこそ、老いますよ」

その通りだと何故か納得した。

 

健康を損なうと、マイナス思考になって良い考えが浮かばない。

元気になれば、何でもできるはず。

きっと良いことが待っている。

 

今日は、カイロプラクティックに近いラーメン屋さんで、焼き飯と餃子を買ってきてしまった。

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たまにはいいよね

こんなことも、自宅にいてはできないこと。

早く元気になろう。

 

 

 

 

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