あすみとモラハラ夫との13000日

毒親育ち モラハラ夫 エッセイブログ

幼少の頃の長い長い夏休み


今年はコロナで学生さんは夏休みが短いのだろう。夏休みはいろんな経験ができる時なのに、かわいそうな気がする。

7月20日前後に、子供達は通知表をもらい、長い夏休みに入る。
子供達の夏休みはどんな風だっただろう。少し前のことなのに、すごく忙しかった筈なのに、あまり覚えていない。

中学、高校になると、毎日部活で出かけていたし、遠征などもあったように思う。
幼稚園や小学生の時、どう過ごしていただろう・・・思い出してみよう。

f:id:hyumama:20200812152614j:plain

夫は子供をよく遊びに連れ行ってくれた。いろんな滑り台の完備されたプールにはよく行ったし、マンションに住んでいた頃には、同じマンションに住む家族と、川遊びによく行った。
川縁でBBQ、花火大会にも連れて行ったかな

夏休みの1番のイベントは帰省。
夫とは同郷だが、そこそこ賑わいのある所なので、子供達に田舎の良さを伝えるには少し無理があったが、温水プールや遊園地によく連れて行った。

義母も車を運転し、フットワークが軽い。一緒にでかけて、荷物係りや場所取りの番もしてくれる。
アトラクションを待つ長蛇の列で、途中 子供が「おしっこ」などと言ったら、炎天下の中、代わりに並んでくれた。

私がおばあちゃんになった時に、そんなことができるだろうか・・・

お盆休みには花火も打ちあげられて、高台にあった実家からは花火がよく見えたが、子供達は花火より、並んだ屋台の方に興味があったのか、ただ花火を見るだけでは、つまらなかっただろう。



自分の子供時代は、夏休みがただ ただ 長く感じられた。
どこへも出かけなかったからだ。

夏休みの絵の宿題が「描けん」と、海やプールに連れてってとせがんだら、やっと父が海に連れてってくれたが、行って帰るだけのとてもつまらないものだった。

「花火に行こう!」
と行ったら、
「階段登ったら見えるよ」
といい、
「どっかホテルとかに泊まりに行きたい」
と言うと
「寝言を言うな」
と言われた。

海沿いにプール完備の温泉施設などもあったが、
「行ったことない」
と言ったら、学級のお友達みんなにびっくりされた。それほど地元民には馴染みの場所だったようだ。


私の子供の頃の夏休みはただ、ただ長く、辛抱の夏。

クーラーのつく部屋は母の仕事場と台所だけで、自分の部屋で夏休みの宿題をすると、首と膝の裏にねっとりと汗をかいた。

「どっか行こうや」
と言うと母は決まって
「公園で遊んでくりゃあいいやん」
という。
仕方なく近くの公園に行く。

f:id:hyumama:20200812195847j:plain

見上げると空は深い緑におおわれて葉と葉の間から射し込む木漏れ日が眩しく、けたたましく降り注ぐ蝉しぐれで、まるで万華鏡でも見ているかのようにくらくらと目が回りそうだった。

いつもは賑やかな公園なのに、どうしたことだろう。みんな田舎のおじいちゃんやおばあちゃんのところに遊びに行ったのか、人影もなく、大きな木の幹から誰かじっと私を見ているような、そんな恐さを感じてさっさと家に戻った。

いつも一緒に遊んでいた真理ちゃんは、家族で旅行に出かけ、そういえば夏休みにはあまり一緒に遊んだ記憶がない。

とてもつまらない夏休み。
私は夏休みが嫌いだった。

蝉しぐれを聞くと、顎の下や膝の間から汗が滲んできて辛抱の夏を思い出す。







.