あすみとモラハラ夫との卒婚生活

モラハラ夫  卒婚生活 カサンドラ

不登校になったその後


子供が自立するまでの道のりはいろいろある。

4人の子供のうち、3人は社会人、残すは卒業まで後 半年の大学生の息子だけ。

たまたまうちの場合は不登校になることがなかっただけ。

子供達の周りに、ちょっとしたことがきっかけになり、学校へ行かなくなった子がたくさんいる。

私が子供の頃はどうだったろうかと思い出してみたが、学校に来ない子を探す方が難しいほど、みんな普通に学校に来ていた。

それは今の時代の複雑さを物語っているのかも知れない。


「私達の頃って不登校になる子ってあまりいなかったよね?」

同僚の知り合いに不登校の子供がいるという話から

「あんまりいなかったけど、私は高校の時に病院に行くって言って診察が終わったら病院の屋上で1時間くらいボーっとして学校に遅れて行ったことがあったけどね」

「それって友達とかが嫌だったとか?」

「テストテストで疲れてたのよね~胃が痛かった」

「そっかあ」


同僚の場合は続く試験が学校への足取りを重くしていたようだ。


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あの時、学校へ来なくなったみんな。

今、何をしてるだろう。

その当時の親御さんはずいぶんと心配だったと思う。不登校になった子供には家族の関わり方がその後の子供の人生を大きく変えて行く。


突然 学校に行かなくなった息子の同級生は、親御さんも普通の人で、とても良い人だった。

ずいぶん心配されたと思うが、

「好きにしたらいいよ、また行きたくなったら行きなさい」

とおおらかで、私はこのご夫婦なら、不登校になったとしてもきっと大丈夫と、漠然とした気持ちを持っていた。

小型船舶の免許を取ったり、スキーのインスタラクターの資格を取ったり、他にもいろいろ資格を取って、今は普通に仕事についている。

自分で資格を次々に取得したことが、自分の自信に繋がったのかも知れない。


スポーツ推薦で入学した高校で、部活の先生と衝突、以来ぷいっと学校に行かなくなった子は、東京に出て歌舞伎町のホストになったと言う。

2年くらいしてから田舎の、実家に戻ってきた時には前髪だけ真っ赤に染めて

「まるで、鶏のとさかみたいだったのよね(笑)」

そう言って笑って話す姿に、しんどい時期を超えてきた親としての逞しさを垣間見るようだった。

「このままじゃあ、中卒になるから、なんか、資格かなんか、取ってみたら?」

昔の学校の先生にそう薦められて、片道2時間の僻地にある学校へ通いはじめた。

「自分もこのままじゃヤバいとか思ったんじゃない?」


それからが凄い。

高校卒業の認定をもらうために通いはじめた学校で、まずは先生の薦めで、土地家屋調査士の資格を取った。

気分が良かったのか、次に挑戦したのは

『行政書士』これも1年の勉強で資格を取ったらしい。

学校の先生は、彼の稀なる才能に気付き、次に『公認会計士』の資格を薦めてみた。

そうすると、どうだろう、たったの1年半で、その資格を取ってしまったというのだ。

「嬉しかったねえ~~~今までの苦労が吹っ飛ぶようだったよ」

国家資格を取った彼は、今、公認会計士の個人事務所を開いて、結婚し、子供にも恵まれて幸せに暮らしているらしい。


こんな話を聞くと、本当に良かったと感動する。

不登校に悩んだ親御さんには、子供を追い詰めなかったという共通点がある。

不登校になれば、勉強がわからなくなるんじゃないか、友達がいなくなるんじゃないか、心配は募るばかりだけど、

「私は子供を信用してたから」

という言葉に毅然とした親の愛情を感じた。

不登校のレッテルを貼られて生きづらくなっている子供を温かく見守る環境と大人が増えることが必要だとつくづく思う。





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